雲 |
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作家 | エリック・マコーマック |
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出版日 | 2019年12月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | 小原庄助 | |
(2020/04/22 10:23登録) 虚実ないまぜ、それも虚の割合が多め、という話を聞く楽しさは、嘘と本当の境がふいに揺らいでくる瞬間にある。正常であるはずの現実世界に何かが侵食してくるあの感じ。マコーマックは読者をぞわっつとさせる名人でもある。 この作品は、主人公のハリーが、旅先で一冊の古書を購入する場面で始まる。十九世紀、スコットランドのある町で起きた異常気象の「黒曜石雲」についての本だが、彼は町の名に覚えがあった。若き日、そこで大失恋をしたのだ。 内容も出版経緯も謎めいた書物の調査を進める現在と、ハリーの数奇な半生が明かされる回想の、ふたつの軸をたどりながら、話は展開する。 悲劇的事故で両親を失った後、ダンケアンで職を得たハリー。その地で父親と暮らすのがミリアムだ。彼女は奇妙な疫病によって消滅した近郊の町の昔話などをし、ハリーを魅了する。だが、恋は実らない。彼は失意からヨーロッパを去る。 下っ端甲板員としてまずはアフリカ大陸、そして南米へ。旅の途中に出会う人々がハリーの人生を決定づけていく。人道的な医師にみえるデュポン。鉱山主相手にビジネスをするカナダ人技師のゴードン。彼らの周りの女たち。流転は続く。 成長物語でも海洋冒険小説でもある物語は、やがてゴードンの娘アリシアを妻にしたあたりから家族小説の一面を持つ。妻への遅れた愛の認識と、息子との関係構築は大きな主題だ。息子は言う。「どうしても解けない謎には、何かとても心に訴えるものがあると思う」 謎の最もたるものは人の心だ。なぜ恋をし、罪悪感を持つのか。マコーマックは、怪奇現象や人体実験などの毒気ある要素を盛り込みつつ、人間と他の動物を分かつ条件を掘り下げる。恐れという感情こそ解けない謎だと言わんばかりに。 |