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ミステリの祭典

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梅暦なめくじ念仏
春色梅暦シリーズ、なめくじ長屋捕物さわぎ他

作家 都筑道夫
出版日1980年02月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2020/04/06 01:15登録)
 江戸後期の人情本作者・為永春水を探偵役に据えた〈春色梅暦〉シリーズ三篇に、第四集『あやかし砂絵』以降中断していたなめくじ長屋シリーズ二篇、それに短篇連作『幽鬼伝』より二篇、及びその原型となった『暗闇坂心中』を加えた時代ミステリイ短編集。
 〈梅暦〉第一作『羅生門河岸』はなめくじ長屋の住人たちには扱えない密室ネタの転用作品で、吉原の切店、いわゆるお歯黒どぶに面した低級女郎の仕事場を舞台に、わずか幅一メートル半、奥ゆき三メートルの長屋の一室からの人間消失を扱ったもの。さらに掘割で厳重にかこまれた吉原五丁町全体を大密室に見立てており、解決もそれほどの驚きはないものの経過が自然で、なかなかよく出来ています。続く『藤八五文奇妙!』は鶴屋南北『東海道四谷怪談』を模して、戸板に釘付けにされて川に流された死体の話。併収のなめくじ長屋シリーズよりもこっちの方が元気いいです。
 為永春水は江戸後期の戯作者でしたがずっと売れず、晩年に出した『春色梅児誉美』の大ヒットで人情本ジャンルの元祖となった人物。以前書評した山田風太郎『八犬傳』と同時代人で、作中でも滝沢馬琴に悪口を言われ云々と記されています。境遇も落語家・鶯春亭梅橋を実兄に持つ作者と被っており、各事件間の間隔が五年余りと長いこともあって、春水の描写にはかなり感情が入っている。『花川戸心中(旧題:春水なぞ暦)』などは後に春水が発禁処分を受け、手鎖五十日の刑を受ける寸前の時期で、それを知って読むとなかなか感慨深いものがあります。派生作品ということで最終的には三篇とも『うそつき砂絵』に収録。
 それより出来の良いのは怪談『暗闇坂心中』。坂から走り出てきた裸どうぜんの女が、若ざむらいに首を斬られるのを目撃した鬼板師(鬼瓦専門の渡り職人)の仕事に賭ける業と、旗本の家に代々伝わる村正の妖刀とを絡めた短編。登場人物の誰もが抱える〈鬼〉の凄みを描いており、これだけでも読む価値がありました。怪奇小説の書き手としての都筑道夫を再認識した次第。ただこれを改めて念仏の弥八主人公で書き直すと、かえって効果が薄れるのではないかな。
 冒頭の『幽鬼伝』もその鉄の数珠玉を武器にする弥八に加え、隠居した元同心の知恵袋・稲生外記&盲目の霊感少女・涙(るい)と、キャラ立ちしたトリオが怪異に立ち向かうストーリーで結構面白い。機会があればいずれ全編手を付けたいと思います。

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