セメントの女 私立探偵トニー・ローム |
---|
作家 | マーヴィン・H・アルバート |
---|---|
出版日 | 2004年04月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | |
(2020/03/22 05:33登録) (ネタバレなし) 「おれ」ことトニー・ロームは、以前はマイアミ警察の警部補で現在は私立探偵。ロームは友人の戦傷軍人ジャック・マクームとともに、マイアミ沖で沈没船探しの趣味を楽しむ最中、足首にセメントの重しをつけられた金髪の美女の死体を海底で見つける。襲ってきた5メートルのホホジロザメ2匹をかわしながら、ロームは美女の死体を船上に引き揚げるが、その躰の一部は無残にくいちぎられていた。ロームは身元不明の美女が海底に沈められる前に刺殺されていたことを友人の警部補アート・サンチーニから聞かされ、さらに同人から授かった情報をもとにくだんの金髪の美女かもしれないダンサー、サンドラ・ローマックスの勤務先であるナイトクラブ「フレンジー・クラブ」に赴く。だがそんなロームの行動と前後して、この死体の美女の件に関わるなと、彼のもとに匿名の電話がかかってきた。 1961年のアメリカ作品。00年代に刊行された「ポケミス名画座」路線の一冊で、1968年に封切られたフランク・シナトラ主演の映画『セメントの女』の原作。ちなみに評者は、くだんの映画は面白そうだと思いながらまだ未見。 なんかこの数日、本サイト内でのISBNデータの新登録、追加登録が不順なようだが、本書の場合はポケミス1750番。刊行は2004年4月15日。 作者マーヴィン・H・アルバートは、大昔に読んだ、凄腕のスパイ工作員(暗殺者)との攻防編『標的』が大好きで、同作ラストで体感した鮮烈なトキメキは今でもよく覚えている。 今回、本書の巻末で作者の経歴をざっと改めておさらいすると、映画のシナリオを山ほど書き、この私立探偵トニー・ロームものの三部作(原書では当初アンソニー・ローム名義で刊行)をふくめてさまざまなジャンルのエンターテイメントを80冊前後も上梓した職人作家。 そんなわけでこれも相応に面白いだろうと期待を込めたが、いや、良い感じにお約束を守り、一方で気の利いた小技も続出のハイテンポな秀作であった。 なにしろいきなり第一章目から『ジョーズ』の先駆的な見せ場を設け、主人公の突拍子もないピンチを描く一方、海底の美女の死体を放っておけないロームの愚直な好キャラを明確に見せている。そんな一方でロームのキャラクターは、基本はギャンブル好きの遊び人。競馬で儲けて懐が温かい時は、いかにも面倒くさそうな案件の依頼主を言葉巧みに追い返すなどといった、非・優等生的な造形もいい(ただし女性関係のベッドシーンなどの類は、本作を読む限りまったく無し。まだエド・ハンターやエド・ヌーンあたりの方が不良である)。 全域のストーリーは停滞するヒマなど皆無で快く進み、悪役? と思いきや……の登場人物の配置なども全編にわたって捌けた感触で、実に小気味良い。 終盤の二転三転するミステリ面での謎解きも(伏線や事前の手がかりがやや不足という面はあるが)サービス精神潤沢でなかなか侮れない。これは褒める意味で、B級ハードボイルドの職人的な定食料理をたっぷりと味わえたという感想。 前述のとおりシリーズは全部で三冊書かれて、当然未訳がまだ二作あるのだから、機会があれば発掘翻訳してほしいと例によって思う。まあ奇跡でも起きるのを待ちましょう。 ところで巻末の池上冬樹氏のこってりした解説は例によって楽しい。主人公ロームは前述のとおり無類の賭博好きで、愛用のクルーザー「ストレイト・バース号」もギャンブルに勝って入手しているのだが、とうぜんのごとくこの設定がトラヴィス・マッギーの先駆と指摘。さらに海岸近くに暮らす探偵という設定がかのジム・ロックフォードに影響を与えたのでは? という米国ミステリファンの見識まで紹介してくれる。誠にゴキゲンな文章ではあるのだが、しかしながらマイアミの私立探偵という大設定にも関わらず、大先輩マイケル・シェーンの話題に触れないのはサビシイ。そこらへんは減点でしょう。 あと、これは早川の編集部から書かなくてもいいでしょうと言われたのかもしれないが、本作はポケミスでの刊行以前に一度、1970年代半ばの「小説推理」にたしか『私立探偵トニー・ローム』(作者名アントニー・ローム)の題名で、一挙翻訳掲載されている。その事実が巻末の解説には記述されていない。 掲載号の現物が家の中からすぐ出てこないが「えー「小説推理」でも、こんな「別冊宝石」みたいな未訳長編ミステリの一挙掲載なんていう嬉しいことするの!?」と喜んだのであった(結局、この手の企画は、長編作品レベルでは、これ1回だけで終わったハズだが)。 巻末の解説は、この辺の書誌情報まで抑えておいてくれていたら、文句なしだったんですけどね。 |