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ミステリの祭典

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小笛事件

作家 山本禾太郎
出版日1977年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2020/03/20 03:45登録)
(ネタバレなし)
 大正15年(1926年)6月28日の京都。はやらない下宿屋の屋内で、47歳の女主人・平松小笛を筆頭に4人の女性の死体が発見される。ほかの3人のひとりは、小笛の17歳の養女・千歳。そして残る2人は、小笛の近所の知人である大月夫妻、その娘である5歳の喜美代と3歳の田鶴子という幼い姉妹であった。屋内で縊死状態で見つかった小笛は自殺か他殺か不明だが、ほかの3人は完全に他殺。小笛の無理心中か? それとも4人とも誰かに殺されたのか? 双方の可能性が取りざたされるなか、捜査線上には、かつての下宿人で小笛と肉体関係のあった京都大学卒の27歳の青年・広川条太郎の存在が容疑者として浮かび上がってくる。

 昭和7年(1932年)7月から12月にかけて「神戸新聞」「京都日日新聞」に『頸の索溝』の題名で連載されたドキュメント形式のミステリ小説。甲賀三郎の『支倉事件』(1927年)と並ぶ戦前・国内のこの系列の作品の代表編であり、特に本作は現実の事件に材をとりながら、事件発生の日時も関係者の名前などもほぼ~あるいはかなりの部分を現実そのままに記述(叙述)。まさに押しも押されもしない小説形式の犯罪・裁判ドキュメントである。

 そういう方向で名高い一作ということはかねてより知っていたし、その上で一編の長編ミステリとして何はともあれ評価が高いので、いつか読もうと思いながらこのたび読了。
 しかしキーパーソンとなった広川の結審の行方など、とりあえず何も知らないまま読んだので、最終的に彼は有罪認定されるのか無罪になるのか、また後者の場合、やはり犯人は小笛なのか、あるいは他に真犯人が……? などの興味は終盤まで堅持。その上で、喚問される証人たちの証言、さらには警察の捜査や鑑識で明らかになる事実でドラマチックに進展する審理の流れはおおむねテンション豊かに読むことができた。

 ……が、そんな現実の裁判の推移(最終的に2年近くに及ぶ)が、いくつかの段階的なプロセスを踏みながらかなり劇的に語られる一方、文章がとにかくマジメでシリアスなのでひたすら疲れる。そのくせ、なるべく情報を精緻に盛り込もうという作者の意気込みの方はほぼ全編にわたって感じられるものだから、そうそう読み流すわけにもいかず、大部(400字詰め原稿用紙で550枚だそうな)の小説の量感に、えらく体力を奪われた。例によって作中に登場する人物たちの名前をひとりひとりメモしながら読んだが、この作業をしていなければ、正直、疲労を感じて何回か寝落ちしていたかもしれない。

 いや、審理の進展に何度も何度も翻弄される広川の境遇の切実さや、弁護側と検察側の攻防の白熱ぶりなど、ドキュメント小説の作り方はきちんとしてるんだけど、作者がそれだけを真っ当に綴れば良いかというとうーん、うーん、であった。
 たまたま少し前に読んだ『ベラミ裁判』(1927年)も本作や『支倉事件』とほぼ同時代の作品で、同じように裁判部分の比重が並々ならぬ作品だが、いろんな意味でずっとエンタテインメント小説としての結構度は高い。
(まあ向こうは、直接ベースとなる実話をもとにしていない完全フィクションという大きなアドバンテージが厳然とあるのだが。)
 
 オールタイムの国産ミステリに雑食的に興味がある人なら、生涯に一度くらいは読んでおいてもいいかとは思う。評者の場合、時間を置いてまたいつかもう一度読んでみようかという思いをいだかないでもないが、特に必要もなければたぶん10年くらいは間を置くだろうな(汗)。

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