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ミステリの祭典

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男の塩
人間サルベージ屋・日高律シリーズ ほか

作家 田中光二
出版日1978年08月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2020/03/19 04:39登録)
(ネタバレなし)
 カーアクション作品をふくめて、広義の冒険小説の中短編6本を集成した作品集。
 角川文庫版で読んだが、章立ては最初の三編
『男の塩』
『真夜中へ三百キロ』
『傷ついた海』
がセクションⅠ

 後半の三編
『蒼ざめた珊瑚礁』
『マイ・ホット・ロード』
『暴走軍団を阻止せよ』
がセクションⅡ
 ……というくくりになっている。

 今回ちょっとびっくりしたのは、セクションⅠの三本が同じ世界観の連作編だったことで、しかも大昔に読んだ田中作品の長編冒険小説『失われたものの伝説』と作品世界を共有。<一見ルーザーだが、本当はまだ燃え尽きていない各分野のスペシャリスト>を立ち直させる物好きな資産家<人間サルベージ屋・日高律>のシリーズだったこと!
 評者は、くだんの『失われた~』はもう細部も大筋もほとんど覚えていないが、その日高のアシスタント格の美女で主人公と恋人関係になるヒロイン、島有愛(うい)がイイ女で大好きであった。その有愛も日高とともにこちらの三本の連作に登場する。なんか昔の彼女に思いがけず再会した気分。
 当然ながら各編の紙幅はそれぞれ短いため、冒険・活劇譚としてのスケールにそれぞれさほどの広がりはないが、『ブラック・ジャック』のカルテ的に各編の主人公を立ち直させる日高の連作ドラマというノルマを消化しながら、一定の満腹感を与える作りはさすが。たださすがに三本続けて読むと、同工異曲の作劇でゲスト主人公のモチーフだけ変えているようなところもあるが、まあ、そのへんはギリギリ。

 単発編の『~珊瑚礁』はアマチュアダイバーのグループが、なぜかいきなり沖縄の海で異常繁殖しはじめたオニヒトデの大規模な駆除に向かう話だが、そこからのストーリーの広がり、最後に明かされる真相とあわせて、本書中ではこれが一番楽しめた。
 とはいえ作者の地を最もバーバリックにさらけ出したという感覚では、その次の『マイ・ホット・ロード』の方が胸に響く。田中作品の長編『白熱』に求めたのは間違いなくこっちの感覚であり、そのコンデンス作品として腹応えは大きい。
 最後の『暴走軍団』は、突如破滅に向かうレミングのごとく、街中で暴虐込みの暴走を始めた四輪車の集団を内閣直轄の超法規組織が鎮圧する劇画ノベル風の荒っぽい作品だが、妙に原石的な魅力を感じないでもない。昔だったら(若い頃の評者だったら)こういうのは、あっというまに読み終わったあと、長編にしてほしかったとかほざいたんだろうが、今はなんとなくこれはこれで良いような思いもある。

 基本的に(たぶん大方の読者と同様に)活劇・冒険小説は長編でこそと思ってはいるのだが、個人的に田中光二くらいまで信頼するというか作風に通じてくる、気心が知れてくると、たまには中短編メニューでも良いという気にもなってくる。まあその辺は他の人とは共有できない、かなりごく私的な感覚だろうけど。
 そういう意味で、これはこれで味のある一冊であった。

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