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ミステリの祭典

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一匹の小さな蟲

作家 西東登
出版日不明
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点
(2020/03/15 04:58登録)
 ある年の六月はじめ、G県間瀬市にある邦和銀行のトップ行員が一億三千万円という大金を持ったまま、行方を晦ますという事件が起こった。それは市の北東七キロほどの場所に横たわっている四方峠縦断自動車道路工事の支払いのため、県が各行にあらかじめ預託した金で、次長の柿沼精三は施工業者の久米建設社長・久米彦太郎からの電話を受け、支店長専用の乗用車で直接工事費を届けに向かったのだった。だが彼は目的地から二十メートルほど先の地点で降りたのを最後に、黒のボストン・バッグに詰まった大金ごと消えてしまった。
 柿沼は生え抜きの土地ッ子で二十数年間一度も県外に出ることはなく、ずっと勤め上げて支店の次長にまでなった人物。地元でも一応名士扱いで、定年まであと一年。六百万円前後の退職金と共に円満に身を辞くことになっていた。大金に眼が眩んだとしても県外にツテもなく、逃亡の動機も薄いのだ。
 県警は高飛びに備えて全県に非常線を張り、間瀬警察署内に置かれた捜査本部は三方面から捜査を進めた結果、彼らの前には失踪当日柿沼が出向いた四方峠から突き落とされた意識不明の男性と、現場付近のバーからいなくなってしまった男女の存在が浮かびあがってきた・・・
 『蟻の木の下で』で第10回江戸川乱歩賞を受賞した、西東登の第五長編。動植物へのこだわりで知られた作家ですが、若干埋没気味。本書はタイトル通り昆虫を題材に扱い、西東作品のうちでもトリッキーと言われるもの。
 という前情報で読んだのですが・・・うーん。期待したほど面白くないというか、単なる思いつきトリックに終わっちゃってます。発端部分に加えて手掛かりの奇妙さや凝り方はなかなかなので(間羊太郎『ミステリ百科事典』に載せてもいいくらい)、処理の仕方によっては佳作に仕上がると思うのですが、いかんせん構成が上手くないのでやっつけ加減。鮎川哲也なら締まった短篇にするし、梶龍雄ならこれを土台に大風呂敷を広げるでしょう。一応書き下ろしの形なのでもうちょっと何とかならんかったのかと。
 社会派と本格の味わいを両方狙ってコケた感じですね。二兎追う者は一兎も得ずというか。事件直後の意味ありげな動きにかなり紙幅を割いてますが、これが結構引っ張ったあげくほとんど無関係と分かるのも脱力。役人と業者との癒着は生々しくて買えるものの、メイン事件の発生が2/3以降でそこまでは停滞、かつ謎の提示が遅すぎるため、解決部分が枚数的に食われてしまっています。捜査担当の刑事たちにほとんど個性が無いのも大きなマイナス。
 まあ埋もれるべくして埋もれてますね。そうそう当たり作品はありません。

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