完訳版 秘中の秘 |
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作家 | ウィリアム・ル・キュー |
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出版日 | 不明 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | |
(2020/02/29 18:44登録) (ネタバレなし) その年の6月末、「わたし」こと32歳の代診医師ポール・ピッカリングは、短期契約の診療所の応援仕事を終えて、友人である老船長ジョブ・シールの中型船舶「スラッシュ号」に乗り込む。船は老朽船だが、船医ではなくあくまで客人として乗船したピッカリングは10人弱の船員とともにのんびりした船旅を過ごすが、ある日、ノアの箱舟を思わせる古式騒然とした大型船に遭遇した。同船「タツノオトシゴ号」は16世紀のイタリアの船で、一度海中に沈没したものが何らかの浮力によって洋上に浮かび上がってきたらしかった。しかも驚いたことに船内には、無数の白骨とともに記憶を失ったひとりの老人が残留。さらに金貨を詰め込んだ箱が見つかるが、その周囲からはさらに莫大な価値の隠し財宝が地上のどこかにあると暗示した文書が発見される。ジョブ船長とピッカリングは法的に正式な手続きを経た金貨の管理を考え、さらにその財宝の捜索を試みるが、航海中、そして陸に上がってから、不審な男たちの怪しい動きが……。 1903年の英国作品。もともとは明治時代から菊池幽芳の筆で翻案作品『秘中の秘』として紹介され、少年時代の江戸川乱歩の心に(広義の)ミステリ熱を呼び起こした作品であった(というかこの作品が翻案作品『秘中の秘』の原書であったことは近年になって判明したようだが)。 その原書をミステリ研究家、翻訳家として精力的に近年活躍中の平山雄一が、自費出版(同人書籍)の形で完訳して出版したのが本書である。2020年2月現在、まだ通販でも買えるようだが、評者は昨年秋の同人イベントの初売りの場に出向いて購入した。奥付は2019年11月の刊行。 (ちなみに『完訳版 秘中の秘』というのは、本サイトへの登録上、評者が独断で便宜的につけた書名ではない。表紙にも背表紙にも奥付にも書かれている、この翻訳ミステリの正式な作品名である。) 評者は浅学にして、作者ウィリアム・ル・キューはヘイクラフトの著作やほかの海外ミステリ研究家の評論署などでのみこれまで名前を見た覚えがある程度で、ジョン・バカンあたりによって現代英国冒険小説の礎が築かれる前の世代のスリラー作家というくらいの認識しかない(実はそんなレベルの知見すら、本当に正確か心許ないくらいだが)。 とはいえ、ある時代の欧米ミステリ史を探求するとよく出てくる名前なのは確かであり、一度くらいは実作を読んでみたいとは思っていた。その意味では、乱歩の少年時代のエピソードなどを抜きにしても、今回の全訳の刊行は、結構、有り難い、長年の(それなりの)念願に応えた一冊という趣もある。 16世紀の古文書が手がかりになり、暗号の謎解きや悪人たちとの相克を交え、さらには主人公ピカッリングのどこかきな臭い感じのロマンスも散りばめて語られるストーリーは古式ゆかしいが、一方で時代を超えたハイテンポな筋運びではあり、少なくとも最後まで退屈はしない。都合良く物語が進みすぎる部分もないではないが、かたや随所の描写には意外性に富んで印象的なものも散見する。 宝探しの興味を主題にしたクラシックスリラーで、アマチュア主人公とその仲間の冒険譚として読むならば、それなりに楽しめる出来ではあった。 (まあ正直、純粋に一冊の作品として愉しむというよりは、オレやあなたみたいなミステリファンの好事家が探求的に読む、歴史的な価値のある本、という感じも強いけれど。) しかし(乱歩のエピソードにまた頭を戻して)こういう日本のミステリファンにとって、ちょっとややこしい? あるいはドラマチックな? 意味で意義のある作品を21世紀の世の中にきちんとした形で発掘し、誰もが読みやすい日本語にして出してくれた平山氏の心意気は改めてすごく嬉しい。その熱意と実働に対し、ミステリファンの末席の一人として、厚くお礼申し上げます。その意味で評点は1点加算。 |