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ミステリの祭典

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天体嗜好症 一千一秒物語

作家 稲垣足穂
出版日2017年04月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 クリスティ再読
(2020/02/08 22:23登録)
ユリイカついでに稲垣足穂。もちろん「僕のユリーカ」がお目当てであるが、実のところ評者、足穂が苦手。メルヘン風のものは苦手なんだ。今回はいろいろ入っている河出文庫の「21世紀タルホスコープ」で。「一千一秒物語」「天体嗜好症」「宇宙論入門」「ヒコーキ野郎ども」の4部構成で、タルホの宇宙とか空へ向けたモダンな趣味を中心のコレクション。
「一千一秒物語」はメルヘンのショートショート集といったもの。「殺月事件」とか「殺星事件」が頻発する物騒な世界である(苦笑)。発表が大正の末と思えないほどにモダンな味わい。
「天体嗜好症」は「一千一秒物語」よりも短編小説風にするけども、シュルレアリスムの味が強くなる。あるいは小説なのかエッセイなのかよくわからないものも多く、エッセイ風に映画論をしたものや、少年愛のものの方が面白い。
「宇宙論入門」は、一見理系な話題にみえて、確実にファンタジーのフィルターがかかっているあたり、エッセイに分類していいのか?となる。語られている内容以上に、語る語り口が重要な「創作」と見たい。内容も自作を理系に解説しなおした「私の宇宙文学」、思い出話風に非ユークリッド幾何学との遭遇を語った「ロバチェフスキー空間を旋りて」、それに「僕のユリーカ」である。
だからこれはあくまでも「僕の」である。もちろんポオのユリイカというものを「一般名詞」として「僕の」ユリイカを語ろうとした作品である。ケプラー、ブラーエ、ハレー、ド・ジッター、アインシュタイン、ガモフといった宇宙物理学者たちの仕事を語りながらも、筆致はタルホの主観で染め上げられて、話題はいたるところに飛躍する。「タルホスコープ」から覗いた宇宙なのである。足穂という人は頻繁に自作に手を入れる癖がある作家のようで、宇宙論の内容自体は最新宇宙論に結構アップトゥデイトされていて、インフレーション宇宙論に近いあたりまでカバーされているから、ひどく古臭く感じるようなことはない。それでもブラックホールとかクエーサーは出てこないか。とはいえ、実のところ扱っている宇宙物理学のレベルが古臭くたって、いいのである。

天文学者のある者には、常人が夢にも知らない遼遠な消息に触れることあるのだと。...そういうわけだから、もしも彼らの生涯が何かオッドな、不幸な、孤立したものだと考えるものがいたとすれば、それは飛んでもないことだ。天文学者らがそれを意識していたかどうかは別として、とにかくある恵まれた短時間中にあっては、未来的な、言説に絶した或物への凝視のために、彼らの心境は澄んで、悠々たるものがあったのでなければならない。「それは偉い学者か哲人の耳にしか聞こえない」とピタゴラス派が言っている天体の諧音を、彼らは聞いたのです。

この「天体の諧音」に耳を傾けることだけが、「ユリイカ」の唯一の資格なのである。

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