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ミステリの祭典

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眺海の館
「新アラビア夜話」第二巻ほか(オリジナル短編集)

作家 ロバート・ルイス・スティーヴンソン
出版日1950年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点
(2020/01/28 15:19登録)
 イギリス短編小説の伝統の先駆とされ、作者の最高傑作とも見做される「新アラビア夜話」のうち、ボヘミア王子フロリゼルの絡まない二巻部分の全四篇に、ショートショート集「寓話」全二十篇と北欧英雄伝説〈サガ〉に題材を採った「宿なし女」を加え、さらに本邦未訳の戯曲ふう小品「慈善市」を添付した日本オリジナル短編集。「夜話」二巻部分が一冊に纏まるのはおそらく初めて。なお中篇表題作の定本も初出誌からの本邦初訳で、本国でも入手困難なエブリマンズ・ライブラリー版。非常に希少価値の高いものだそうです。目玉はもちろんその「眺海の館」。
 スコットランドの風吹きすさぶ北海のほとり、砂丘と砂地の草原〈リンクス〉が入り組む危険な流砂地帯、グレイドン・イースターに屹立する孤高の館を舞台に展開する物語。
 世捨て人のように生きてきた二人の青年、フランク・カシリスとグレイドンの領主R・ノースモア。大学中退後フランクはしばらく友人の彼と共に暮らしていたが、ふとしたことから袂を分かち屋敷を立ち去る。
 それから九年が経ち放浪の果てに再びスコットランドを訪れたフランクは、懐かしいグレイドン・イースターの海岸林で一週間を過ごそうと決め、九月のある夕暮れ時にその地へとたどり着く。だが野宿した彼が見たのは、未知の客人を迎えるため入念に用意が為された人気の無い館と、数マイル沖合に浮かぶ大型の帆船だった。
 そして真夜中に船から降り立ったのは遠出用の帽子を目深にかぶり、襟を立てて顔を隠しためったに見ないほど長身の男と、同じく長身でほっそりした年若い娘、それに館の主ノースモア。フランクは彼の名を呼びかけるがノースモアは無言のうちに飛びかかり、心臓めがけて短剣を振り下ろそうとする。
 辛くもノースモアを殴り倒し危機を躱したフランクだが、友人はそのまま館に飛び込むと閂を掛け、客たちと共に要塞と化した建物の中へと消えていくのだった・・・
 謎めいた発端の後、繰り広げられるロマンス。二人の心をとらえた美女クララ・ハドルストンにイタリア統一と独立を目指す政治団体〈カルボナリ結社〉の魔の手が絡み、「宝島」ばりの冒険が展開します。主要人物の性格描写が抜きん出ているのがミソ。コナン・ドイルが「スティーヴンソンの才能の最高到達点」「世界一の短編小説」と激賞した作品です。
 文学史を見るとデュマ・バルザック・ユゴーのフランス三大作家とポオ、少し遅れて国民作家ディケンズ、一世代離れてヴェルヌ、レ・ファニュ、コリンズ。その後にドイルたちが来るわけで、ホームズ物が大成功したにせよそれのみでは到底満足出来なかったのも、偉大なる先達たちの存在があったから。そしてドイルに先んじてそれに劣らぬ文学的成功を収めたのが、1883年発表のスティーヴンソン「宝島」。「緋色の研究」が発表される5年前の事です。ドイルは今我々が思う以上にスティーヴンソンを意識していたようで、その先に「白衣の騎士団」などの歴史小説志向があったのはほぼ間違いのないところでしょう。
 ベストは表題作、それに続いて処女短編「一夜の宿り」と「宿なし女」。「寓話」の中にはジョン・シルヴァーとリブシー船長のメタな幕間劇「物語の登場人物たち」や、タイム・パラドックス風の「明日の歌」なんてのも含まれています。この人も間口の広い作家です。

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