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ミステリの祭典

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蒼き海の伝説

作家 西村寿行
出版日1977年10月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点
(2020/01/18 15:37登録)
 四国の最南端、足摺岬で若い女性の腐乱死体が発見された。東京では女性機能全体を剔出されたタクシー運転手の妻が、四歳の息子を道連れに無理心中を遂げた。その後交通事故を起こしてイースタン病院に担ぎ込まれた夫・倉田明夫も、同じ執刀医・井上五郎によって右腕を切断される。そして今度はその井上医師が病院の屋上から墜落死した。折りしも日本医学界の最高峰、T大医学部教授選さなかのことだった。
 警視庁捜査一課の冬村剛は理由もなく妻に失踪された空虚さに耐え、相棒の猪狩敬介と共に被害者の身辺を洗うが、医師の周囲からは淫靡な生活ぶりと冷徹な人間像が浮かぶばかりだった。さらに冬村は尋問中、取調室で倉田に自殺されてしまう。
 人権擁護委員会の糾弾を受ける冬村。だが彼には、倉田の最後の自白が本物とは思えなかった。左腕一本で屋上から井上を突き落とせるわけはない。被害者も当然用心していたはずだ。真犯人は、別にいる。ここで彼が屈すれば、倉田明夫の汚名は晴れない。
 冬村刑事は辞表と引き換えに、上司の能見一課長から単独捜査の許可を取り付ける。ただし期限は十月いっぱい、猪狩とのチームだ。だが彼らの前には普陀落渡海伝説に絡む鉄壁のアリバイと、執拗に冬村の命を狙う謎の追跡者が立ち塞がっていた・・・
 著者の第四長編にしてミステリとしては最後になる作品。昭和五十(1975)年発表。どこぞで「今回は珍しくエロは無い!」とレビューされてたそうですが、実際に読んだ身としては「ああ、うん、そうだね」と呟くばかり(白目)。前半三分の二までは後のハード・ロマン路線を髣髴させるでろでろ。直接描写こそ無いものの生理臭と怨念に満ち満ち、この作家だしまあ覚悟してねとしか言えません。それが後半も残すところ三分の一になり、真犯人の目星が付くとガラリと変ってくる。
 紀州と熊野に古来から伝わる伝承と、地球レベルの気象学知識を用いた科学的考察。それらを利用して組み上げられた、雄大なスケールのトリックは出色のもの。主人公・冬村と犯人の矜持を賭けた対決も緊張感溢れます。引っ張ってからの決着はちょっとアッサリし過ぎな気がしますが。
 間羊太郎「ミステリ百科事典」に取り上げられていて気がかりだった作品。ン十年ぶりでやっと読了しました。序盤から中盤にかけてはアレですが、かなりの力作です。

 「地球の自転を利用してアリバイをつくるなんざァ、考えただけでも肚がたつ」
 猪狩は毒づいた。

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