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ミステリの祭典

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北の怒濤

作家 谷恒生
出版日1978年09月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2020/01/13 18:17登録)
 三十年振りの寒波に襲われたカナダ・ヴァンクーバーの広大な埠頭で、沖仲士組合の労働争議により釘付けされた老朽貨物船ペガサス丸。十五年前の最新鋭貨物船も今は見る影もなく、既に寄航後ギリシャに売却されることが決定していた。ベテラン船長・柏原周輔もこの航海を最後に引退し、船員仲間の誰もが羨む横浜港の水先人におさまることになっていた。
 だが柏原には一抹の危惧があった。そもそもペガサス丸は進水の際漁船を巻き込む事故を起こして以来、血腥い事件に事欠かぬ呪われた船。本航海のメンバーも腺病質で無気力な、女房に逃げられ精神の均衡を失った島木一等機関士を始め、なにかと噂の多い沖源吉操機長。無口で陰気な橋口二等航海士に、反りの合わぬ副官・矢村一等航海士。問題児の情報屋・佐野健に、飲んだくれの坂本通信局長。古馴染みの辰巳甲板長がいてくれるのは心強いが、最後の最後にひたすら乗船を避けてきた、怨霊取り憑くこの船に捕まるとは・・・・・・。
 彼は心もとなさを打ち消し、四五〇噸あまりの米松(ヘムロック)の原木(ログ)を積載し冬の北太平洋へと出帆する。三十五名の乗組員たちと共に・・・・・・。
 1977年「喜望峰」「マラッカ海峡」の二作を同時刊行し、元一等航海士という経歴から、高橋泰邦の後を継ぐ海洋小説の書き手と目された谷恒生の第4長編。1978年発表。繋留先のヴァンクーバーでの事件と、アリウシャン列島を越えベーリング海を横断航海する試みが半々ですが、全篇に渡り肌に突き刺さるような寒気と凍てつく烈風の描写、饐えたような重苦しい空気とうらぶれた閉塞感、加えて荒んだ雰囲気が物語を覆います。官能描写の濃さも後の伝奇方面での活躍を彷彿させ、正にザ・昭和テイスト。
 敗戦から朝鮮・東南アジアの戦乱を経て奇跡的な復活を遂げたものの、ベトナム戦争終了により空前の不況に突入した海運業界。勤続年数による給与の均一化は船内秩序の崩壊とベテラン船員のリストラを招き、海の男の人生はもはや過去のもの。太平洋戦争生き残りの老船員たちも保身に汲々としています。ヴァンクーバーにも戦争の続いたアメリカから脱走兵や非行少女が流れ込んでおり、危険地帯が形成されています。
 そんなこんなで前半は社会派風味の大藪春彦か西村寿行。正直ちょっとキツめだったのが、航海途中で船長の判断ミスから大暴風に遭遇。船体が破損し機関室が浸水し始めるに至り、やっと面白くなってきます。
 危機に臨んで自堕落な日々から覚醒する者。泣き叫ぶ者。この期に及んでなお保身に走る者。老獪な演技で己のミスを帳消しにする、一か八かの賭けを試みる者。その賭けを否定し全てを明らかにしようとする者。醜悪な姿を晒す者。そして、ただ自分の信念を貫き通そうとする者。
 極限状態での清々しさと打算、情念、そして、それら全てを呑み込む海。荒い所はあれど、かなり読み応えのある小説でした。点数は6.5点。

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