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ミステリの祭典

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ラス・カナイの要塞
ジャック・ヒギンズの別名義作品

作家 ジェームズ・グレアム
出版日1986年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2019/12/31 16:23登録)
(ネタバレなし)
 スペインの海辺の寒村。「わたし」こと元イギリス軍少佐オリバー・バークレイ・グラントは、現地で知り合った女流アーティストの恋人シモーヌ・デルマスと有閑の日々を送っていた。だがグラントを何者か奇襲し、さらに以前の顔見知りの俳優ジャスティン・ラングレイが彼を拉致する。グラントが連行されたのは元アメリカ・マフィアの大物ディミトリ―・スタブロウの屋敷だった。グラントがかつてベトナム戦争に従軍し、人質救出作戦で高い成果をあげた事実を知るスタブロウは、政治犯としてして収監されている義理の息子スチーブン・ワイアット青年の脱獄と救出を願い出た。だがスチーブンが捕らわれている監獄とは地上150フィートの断崖上にあり、600人の兵士に守られている「ラス・カナイの要塞」だった。グラントは、愛する年の離れた目の不自由な妹ハナを人質に取られ、やむなくこの要請に従うが……。

 1974年の英国作品。ジャック・ヒギンズが他に複数持つペンネームのひとつ「ジェームズ・グレアム」名義で書いた長編の第四作目(※)。同名義の著作は先に『サンタマリア特命隊』『勇者たちの島』の二冊が翻訳刊行され、後者は評者の評価基準で最高級のド傑作。前者は未読だが、先に読んだ友人の感想ではなかなか良かったようである。というわけで、正直、当たりはずれの大きいヒギンズの諸作だが、このグレアム名義の作品ならばイケるのでは……と思って今回は手に取った訳だった。
 
 で、読んでの感想だが、いや、これは期待通りに出来が良い。設定が固まるまでの物語の流れ、仲間を集めての作戦決行、中盤以降の複数の山場の配分と、脇役キャラクターたちの印象的な素描……と、各パートごとにかなり得点要素(見せ場とツイスト)の多い活劇エンターテインメントになっている。
 小説の作法もフットワークが軽く、本文は基本的には(あらすじに書いた通り)主人公グラントの「わたし」視点という一人称で語られるのだが、作戦遂行中にどうしてもやむなく描写上でのカメラを切り替えなければならない場合、臨機応変に別キャラクターの三人称叙述を導入。まずストーリーを潤滑に転がしてゆくことが第一で、大事だと、作者の方でも十全に心得ている。
 物語後半、大小の局面で二転三転する逆転劇も鮮やかで、伏線の拾い具合の巧妙さも、キャラ同士の距離感の自然な叙述も、それぞれ堂に入った感じ。
 先日読んだヒギンズの初期作『復讐者の帰還』(1962年)は、まだまだ青いなあ、(悪い意味で)若いなあ……という印象だったが、あれから十数年を経て書かれた本作では、冒険小説作家としての作者の確実な成長を感じる。

 それでも本作の大枠では、この種の任務遂行もの作品のフォーマットに、良くも悪くもきちんと収まっている(収まりすぎている)面もあり、その分、突き抜けた傑作というか、前述の『勇者たちの島』のような高質な文芸の獲得感までには至らない。とはいえ、一応は十分以上によくできた冒険活劇小説。
 全文をあと二割くらい長めに描いて、サブキャラの厚みをもうちょっと増やしてほしい面もないではないが、現状でも十分に水準以上の出来にはなっている。最後の(中略)ながらちょっとだけ(中略)結末も切ない余韻があっていい。
 ヒギンズの諸作の中では、ガーヴみたいな職人派のサスペンス冒険小説に近い感触の一冊といえるかもしれない。

※本書『ラス・カナイの要塞』の訳者あとがきには、この作品が本名義での第三作とあるが、実際には(のちに邦訳が出た)『暴虐の大湿原』の方が本書の先で、そっちが第三作になるらしい。従って本作『ラス・カナイの要塞』は四作目。

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