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ミステリの祭典

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小松左京自伝

作家 伝記・評伝
出版日2008年02月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 小原庄助
(2019/12/17 10:03登録)
人文、社会、自然科学のさまざまな分野に通暁し、半世紀近くにわたって膨大な知見をSFとして披歴してきた知の巨人。本書はこの小松左京の軌跡とその作品世界を余すことなく伝える。
「人生を語る」「自作を語る」、という各部の題で内容は明らかだ。第Ⅰ部は日本経済新聞の連載を、第Ⅱ部は同人誌でのインタビューを基に構成されている。万人向けに書かれた第Ⅰ部に比べ、熱心な読者を前提とした第Ⅱ部は、小松作品についてのかなりの知識が必要だろう。それを補うために、巻末に主要作品の粗筋と年譜が掲載されている。良く出来た資料であり、小松作品にさほどなじみのない読者も手に取りやすくなる。
そうした一般の読者たちにとって第Ⅰ部の少年期、青年期の記述は圧巻に違いない。戦中戦後の困窮や陰惨な体験を小松は正確に、だが深刻に陥らずに回顧する。それでも時として噴出する沈痛な記憶と死者への鎮魂が、作品に漂う無常観や人類愛の起源を明らかにしている。一方恐るべき記憶力と広範な興味関心は、戦争や政治を超え時代の風俗を見事に描き出す。この細部へのこだわりもあらゆるものを包み込んだ小松世界を解く鍵なのだろう。
第Ⅱ部の作者自身による自作解説と創作の裏話は、SFファンには必読の資料である。小松はここで、SFとはあくまで「文学」であり、SFにしかできないことを追求したからこそ逆に文学を豊かにしてきたと断言する。SFに日本社会に認知させた小松だから吐ける自負の言葉だ。
そうした点からも、小説家で京大同窓の高橋和巳との親交は興味深い。「泣き上戸」と「うかれ」。対照的な二人が並ぶ一葉の写真が本書に収められている。高橋の文学は、芸術と人生の矛盾に煩悶しながら内向し純化していった。それに対して小松はSFを「一種の逃げ道」として、あらゆるものを貪欲に取り込み、自由でハイブリッドな作品を書き続ける。だが、どちらも「実存」を求める精神の生み出した文学なのだ。

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