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ミステリの祭典

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スフィンクス

作家 堀田善衛
出版日1965年01月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2019/12/15 15:22登録)
(ネタバレなし)
 1960年代初頭のカイロ。パリの大学で地理学の学士となった若き日本人・菊池節子はユネスコのカイロ駐在員として活動。現地カイロで大規模なダムの建設計画が進む傍ら、水没を強いられるヌービア遺跡の保存のため、会計役・秘書役として奮闘していた。そんななか、節子は知人のアルジェリア人の青年亡命者ベン・アシュラフから、節子が赴く先にいるはずの人物ムスタファ・アーセン宛の私信を託される。錯綜する外地の政情のなか、頼まれごとを果たす節子だが、事態はさらに混迷さを増していく。

 1963年4月から毎日新聞社系の雑誌「エコノミスト」に一年にわたって連載された長編作品。
 著者である文学者・堀田善衛(よしえ)に関しては、無教養な評者は「モスラ」の生みの親3分の1くらいの認識しかない(汗)。
 それでも本作『スフィンクス』が黎明期の中薗英助の諸作などとほぼ同時代の広義の国際スパイ冒険小説であり、日本ミステリ史の上で、その流れで語られている一作であることくらいは以前から知っていた。

 それで思いついて1965年のハードカバー元版を手に取ってみたが、いや、正直、しんどかった(汗)。
 本作の連載執筆時点で作者は欧州や中東などへの渡航を三回も重ねており、そこまでで得てきた見聞を本作のなかにボリューム感豊かに書きこむ。文章そのものは比較的平易なので個々の叙述が理解しにくいということはないが、何はともあれその情報の圧倒的な量感にくたくたになってしまった。
 作中には節子と並び、もうひとりの主人公というべき四十男の奥田八作も登場。かつて戦時中に日本陸軍の工作員として海外に送られ、戦後は現地で築き上げた地盤をもとに「カイロの主」と呼ばれるようになった裏社会の大物だが、そんな奥田と節子の二人の動向を主軸に、50人以上の登場人物が織りなすドラマが錯綜。物語の本流が読み取りにくい一方、作者は節子と奥田、双方の視点を介した海外諸国の政治観、文明観、歴史観をマイペースに開陳していくので、読む側はひたすら疲れる。
(第二次大戦中、フランスへの静岡茶の輸出が止まり、それがアルジェリア独立運動の遠因となったなどの「え?」となる逸話も登場。その辺は素で興味深いが。)
 だから(そういう小説の読み方は野暮だと言われるのを承知で言うが)本書に盛り込んだネタを分配して、あとニ三冊、作者はこの路線の作品を著することができたのでは? と思うくらいである。

 とはいえ、終盤に明かされるミステリ的な趣向(節子が託された文書の実態)は、21世紀現在のわれわれ日本人にも、たぶんこの1960年代初頭のそろそろ(中略)が始まっていた当時の日本の読者にも、相応に心響くものがあるはずで。あんまり詳しくは言えないが、日本ミステリ界三大奇書のあの作品の、かの仕掛けすら、ちょっと連想させられた(笑)。

 1950~1960年代の欧州・中東の国際情勢に興味のある人なら、情報小説としてはかなりの価値がある一冊だろうとは思う。しかし、評者も旧作エスピオナージュファンとしてその辺への関心はそれなりにあるつもりだが、今回は受け手のキャパの枠内からオーバーフロー(汗)。

 作者が当時の中東、欧州(特にスイスとイタリアなど)の情勢を展望し、それを巻き込まれ型スパイスリラーの形で語ろうとした狙いはわかる。その意味で力作とは思うものの、エンターテインメントの作法としてはこれ、ちょっといろいろ違うでしょう、ということでこの評点。
 世界現代史マニアの方でそっちの素養について詳しいと自負のある方は、挑戦してみてもいいかもしれません?

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