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ミステリの祭典

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黒猫侍

作家 五味康祐
出版日1987年09月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2020/07/15 15:17登録)
 忠臣蔵の討ち入りから十八年を経た亨保六(1721)年、八代将軍徳川吉宗の御代。飼い居る黒猫に赤穂浪士の名を付けて嘲弄し、遺恨まだ消えぬ吉良・上杉方の浪人衆を使い倒幕を企てる謎の妖術師・黒猫道人。今上・中御門帝の血縁にあたりながら幼にして清閑寺大納言の猶子となり、鞍馬にこもって京八流の武芸百般をおさめた中興(なかおき)上総介定光は、武士にあこがれ公卿の地位を捨てて江戸へ下り、肥後細川家に依頼されかつては宮家の雑任(ぞうし)であった道人を討ち果たす。
 これにより白頭巾の武士・上総介は、道人に倣って"黒猫侍"と呼びならわされ、名奉行・大岡越前守の依頼を受けて江戸に起こる奇怪な事件を次々と解決してゆくが・・・。
 昭和四十一(1966)年から約一年間、雑誌「週刊新潮」に連載された五味康祐の連作長編。内容的には黒猫道人との対決、道人亡き後も巻き起こる赤穂浪士の遺児たちを巡る陰謀に立ち向かう上総介の活躍、果ては武家の犯罪に手を出せぬ町奉行・大岡越前に依頼され、怪事件の謎を解く捕物帖パートと、大雑把に三つに分かれています。一連の柳生ものとは異なる、いわば変則の形。新潮文庫新版『薄桜記』の解説で荒山徹が代表作『柳生武芸帳』をコキ下ろし、それに代わって「超が百億個ついてもまだ足りないくらいの大大大傑作(小学生か)」と、大人気無く熱烈プッシュしたいわくつきの作品でもあります。
 〈あの荒山が大絶賛〉というフレーズに一抹の不安を覚えながらも「そこまで言うなら読まんといかんかな」とアタックしてみましたが、はたして問題のブツはどうだったか?
 結論としては「うーん、微妙」。主人公は天皇の実の兄で元宮様の中興上総介、事件は忠臣蔵に纏わる事共、更に上総介にデレる奔放な義妹・尚姫と元名妓・捨て撥お艶が脇を固めと一貫してはいるんですが、全編を貫く大筋というものは無く、これまでの長編と比べてもかなり読み難い。
 唸る程鏤められている魅力的なウンチクも〈紙子になめくじをすりつぶしたを数度ぬる時は、鉄砲玉も刀剣のたぐいも通すことなし〉とか、〈端午の節句に捕ったやもりを翌年同月同日に搗き潰し、それを女の臀に塗れば貞操自ずから明らかなり〉などオカルト入って相当に怪しげ。中には〈四十七士の中に明人の子孫がいた〉などの卓見もありますが、総じてアラヤマ好みがプンプンします。
 ストーリー的にも〈ちょっとそれは〉的な部分がチラホラ。一通りウンチクを並べて「さあチャンバラだ!」となってから場面は一転。それきり何も語られないか、後で「上総介によって斬られた」なぞとおざなりに語られて終了。こういうのが少なくとも三回はあります。散々盛り上げといてそれは無いよなあ。「剣の舞」での一刀流『陽炎剣』との対決など、最初はちゃんとやってるのに所々メンド臭くなったんでしょうか。その割に例の考証癖は最後まで溢れんばかりなんですが。
 伝奇小説のネタ帳としては面白いけれど、構成自体は破綻した作品。つまらないとは言いませんがかなりのP数でもあり、読み通すにはそれなりの覚悟が必要でしょう。同程度の長さならば『柳生天狗党』や『柳生稚児帖』の方をお薦めします。

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