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ミステリの祭典

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柳生天狗党

作家 五味康祐
出版日1981年04月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点
(2020/01/01 03:14登録)
 備中国浅口郡池田村の豪農の息子・蔵人はみまかる間際の父・喜左衛門に「お前は武家の落胤だ」と告げられる。事情を知る小原寺の和尚・呑休によれば、母親を孕ませて去ったのは公儀隠密・柳生十兵衛三厳その人であった。美作への帰路、たまたま亀山窯に立ち寄った新免武蔵が蔵人に授けられた"屑金の構え"を見て、名も知らぬ実の父の正体を看破したのだという。
 蔵人は許婚のお光と契りを交わしたのち、怪盗みみずくの伊三次と連れ立って江戸へ向かうが、その途次同じく十兵衛を父とする四国丹川郷出身の隼人介と、その異父妹・斗美に出会う。隼人介もまた十兵衛に一剣"巌の身"を伝授されていた。
 三兄妹は伊三次と共に江戸住まいの彼の弟分・さみだれの吉三に世話になるが、彼の用心棒となっている〈小石川の先生〉こと汀七郎左衛門もまた、十兵衛の血を引く者だった。薩摩生まれの長兄・七郎左衛門は直に父の教えを受けていたが、母が柳生邸で門前払いされた際顔に痣傷を被ったため、十兵衛と柳生家に深い恨みを抱いていた。
 四人は父の遺児としての証を立てるため、それぞれに江戸柳生と関わろうとするが、やがて彼らは徳川四代将軍・家綱の後継者を巡る老中・板倉重矩と柳生家、館林宰相綱吉を推す大奥それに松平越前候・伊達家・保科家・旗本水野十郎左衛門、そして甲府宰相綱重一派が絡む三つ巴の政治抗争劇に巻き込まれていく・・・
 昭和四十四(1969)年一月から十二月にかけて三四一回にわたり、山陽新聞・高知新聞ほか各地方紙に連載。交通事故後(かなりヤバい件なので詳細は各自wikiで)しばらく謹慎していたあとの再起第一作で、発表後十二年を経たのち没後発見された遺稿から纏められ、刊行されたもの。「柳生武芸帳」の簡略版にして姉妹編といった作品ですが、こちらはちゃんと完結しています。
 七郎左衛門の行方を知るため柳生屋敷を訪れた斗美は柳生藩家老・野取内匠にまるめ込まれ、松平越前守別邸の御前試合で兄と対決することになる。縄術を使う彼女は赤天狗の面を、七郎左衛門は白天狗の面を被り顔を隠した上で。
 また将軍家綱が彼女に惹かれたとみた老中・板倉は一計を案じ、蔵人と隼人介にそれぞれ白天狗・赤天狗の面と将軍直々のお墨付きを与え、無理矢理公儀隠密に引き込む。
 敗れた斗美は大奥に出仕するが、水野一派は彼女を老中の見張り役と見なし、水野の養う隻腕の凄腕剣士・檜垣冴之介に天狗の面を被らせこれを犯させようとする。そして以前に冴之介の片腕を斬ったのは、彼女の兄である七郎左衛門だった――
 いやあ、黒い黒い。なにが黒いって飛騨守宗冬ですよ。老中の思い付きを横からひったくって自分の物にし、コントロールを外れたと見れば、血の繋がった甥だろうが何だろうが大根のように叩っ斬る徹底ぶり。自ら手を下すだけでなく、他者を利用してアッサリ処分するのも手慣れたもの。私欲ゼロでトータルでは完全正義なのもまたタチが悪い。その手口はさすがあの宗矩の子。先に武芸帳読んでると不謹慎ながら「立派になって・・・」と思ってしまいます。
 哀れなのは四兄妹とその関係者。何が何やら分からぬまま天狗にされ、状況も掴めぬうちにズンバラリン。何人かは生き残りますが宗冬としては「まっ、どうでもいっか」みたいな感じです。こんな鬼畜おじさんと関わったのが運の尽き。
 まあ便乗天狗が次々現れるんで、状況なんて掴みようがないんですけどね。それを差っ引いても宗冬おじさんの謀略は凄い。相手の心理を読み切って、作中有数の知者である老中・板倉重矩までも掌に乗せる。元々五味ワールドの頂点に位置するのは政略・謀略ですが、ミステリにおける「操り」としてもかなりのもの。山風に匹敵するか、それを上回っています。これに比べると隆慶一郎とかはまだ甘いですね。
 リアルにダークサイドを覗き見て、より凄味が加わった五味柳生。〈駆け足気味〉と評される後半部分も、そう読み解けば楽しめました。点数は武芸帳を上回る7.5点。

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