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ミステリの祭典

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暗い広場の上で

作家 ヒュー・シーモア・ウォルポール
出版日2004年08月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/11/14 12:25登録)
(ネタバレなし)
 第一次世界大戦を経たロンドン。その年の12月、「私」こと30歳代の失業者リチャード(ディック)・ガンは、ピカディリーサーカス(訳文の表記ママ)で、長い間捜し続けていた男リロイ・ペンジェリーに偶然に出会う。ペンジェリーは14年前に、ディックの友人だった青年貴族ジョン・オズマンドが道を踏み外して仲間の2人とともに物取りに及んだ際に、警察に密告した男である。ただしペンジェリーの通報の動機は市民としての社会正義などとは無関係で、小悪党が警察にいい顔をして自らの得点を稼ぐためであった。オズマンドの美しい恋人ヘレンに懸想していたディックは、オズマンドの逮捕と投獄によって人生を狂わされた彼女の哀しみを思いやり、その後行方をくらました卑劣なペンジェリーをひとりで追い続けていた。だが奇しくもその夜、服役を終えていたオズマンドとその仲間たちもそろってペンジェリーに接近。夜陰のピカディリーサーカスに、ヘレンを含む一同は集結するが……。

 1931年のイギリス作品。「奇妙な味」の名作短編『銀の仮面』のウォルポールが書いた広義の長編ミステリのひとつで、ジュリアン・シモンズが選んだ例の「サンデータイムズのベスト99」にも挙げられている一編。
 評者は過日、本サイトで短編集の方の『銀の仮面』のレビューを書いたあとに、いくつかウォルポールの長編も近年になって訳されていた事実を改めて認識(気付かなかったのは恥ずかしい)。前述の名作リストに挙げられた作品という興味もあって、じゃあ……と読んでみた。

 ちなみにポケミスで刊行された本書だが、裏表紙の上部の惹句に「ロンドンの『ドン・キホーテ』と悪の権化との戦い」とかなんとか随分とアレな事が書いてあり、ポケミスのキャッチ部分のトンチンカン度では史上でもかなり上位の方に来るのでは、と思う。
 いや、一方的な(?)ヘレンへの思い入れで突き進む主人公ディックをラ・マンチャの男に例えるのはギリギリ分かるにしても、ペンジェリーは悪の権化とかいう大層な者じゃなく、普遍的にリアルな感覚の小悪党だし、そもそもディックはペンジェリーを探すことそのものを目的にしていても、その後どうするかの展望もなく、特に「戦い」もしないし。

 何より、もともとこの作品、文芸的にかなり微妙なところを狙っている。いやたしかに、オズマンドたちを踏み台にしてある意味で食い物にしたペンジェリーはイヤなゲスなんだけど、一方でそもそもルパンだかラッフルズだかを気どるような感覚(読み解くとそういうことっぽい)で悪いことをしかけたオズマンドたちの方に大元の問題の根源があるので。ヒロインのヘレンは彼女自身には罪はないのに散々な目に合うし、さらにオズマンドの仲間のひとりパーシィ・ヘンチの妻子なんかは旦那の投獄のために困窮の果てに死んでしまう。そういう形で事態に巻き込まれた女性や子供は本当に気の毒だけど、オズマンドとその仲間たちの逮捕そのものは、きびしい言い方すれば完全に自業自得だしなー。
 まあそれは現在のオズマンドたちも重々理解しているようで、彼らがペンジェリーを追いつめたのは「もともと友人だったのに、なぜあんな裏切るような真似を?」と改めて問い糾すだけのためで、決して復讐が目的ではないのだが……。
(これ以上の話の進展は、ネタバレになるので書きませんが。)

 当時のロンドンのドブ臭い裏社会、そこでの人間模様を描いている広義のミステリでは確かにあるけど限りなく普通小説っぽい。
 それでまあ話を転がしていくウォルポールの筆の冴えはなかなか伸びやかなんだけど(ストーリーテリングとしてはけっこう上質だと思うぞ)、一方でもともとからしてこの作品、そういう主人公と友人たちのサイドに弱みがあるよね、という思いが前提となってしまう作りなので、エンターテインメントとして読むにもブンガクとして嗜むにも難しいなあ……という感触もある。どっちかというと後者か。作者自身もその辺が狙いなのだとは思うけれど。


 現状でAmazonおよびTwitter上での感想がそれぞれひとつずつ。前者はけなしていて、後者は褒めてるけど、まあどっちの方の気分もわかるよね、という感じ。短編集『銀の仮面』の作者としては、いかにも、という長編作品ではある。

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