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ミステリの祭典

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紙の動物園

作家 ケン・リュウ
出版日2015年04月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点
(2020/02/29 21:36登録)
 中華系アメリカ人SF作家ケン・リュウ[中国名:劉宇昆(リウ・ユークン)]の雑誌掲載作が初めて編まれた、日本オリジナル短編集。2011年度~2012年度にかけて、史上初のヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞トリプルクラウンに輝いた表題作及び、2013年度ヒューゴー賞受賞作『もののあはれ』を含む全15篇を収録。
 作者は1976年生まれで、1984年~1987年頃両親と共に母国を捨て渡米。苦学の末ハーバード・ロー・スクールを出て法務博士号を取得。弁護士に加えコンピューター・プログラマー、中国語書籍の翻訳者として文筆活動を行い、二〇〇九年の実質始動から四年あまりの間に百篇近くの短篇を執筆しています。短篇主体の中国系SF作家ということでよくテッド・チャン[中国名:姜峯楠]と比較されますが、ニューヨーク州生まれのチャンと異なり中華人民共和国蘭州出身の彼の作品には〈移民の悲哀〉〈民族の苦難の歴史〉が濃厚に投影され、収録作品の持ち味として現れています。
 そのあたりのバランスが最も良いのが表題作『紙の動物園』。ケン一家同様、祖国を捨てアメリカ人と結婚した中国人女性と、米国で生まれアメリカ人として生きようとする混血の息子。母子の魂の断絶が、母親の手で命を吹きこまれた紙の動物〈老虎(ラオフー)〉によって再び繋がれるまでの過程を描いた作品です。三冠受賞もむべなるかなといった傑作ですが、これは特別。おそらく胸の中で大事に温めていたアイデアでしょう。第47回星雲賞を受賞したトリの短篇『良い狩りを』で再度ファンタジーとリアルの融合を試みていますが、前作ほど上手くいってはいません。
 やはり彼の本領は科学誌「ネイチャー」や最新論文、米紙のニュース等から貪欲にアイデアを吸収して取り込む、その反芻力にあるようです。『あなたの人生の物語』などでも感じましたが、科学技術の発展に感傷を挟まない乾いた力強さが、中華系作家の特長なのかもしれません。SFというガジェットと判明した事実を躊躇わず組み合わせてアイデアストーリを形作る。そこには黄金期、50年代SF作品の息吹があります。
 反面、感性的にはやや物足りない。クラウン作品の『もののあはれ』は、地球を離れおとめ座61番星を目指す移民宇宙船〈ホープフル号〉に乗り組んだ最後の日本人の活躍を描いていますが、民族考察その他はあまりピンときません。昨今中国SFが推されていますが、やはり一長一短ありということでしょう。他の全てを蹴散らす潮流ではなく、ワンオブゼムの一つとして受け止めたいと思います。
 『紙の動物園』は別格として、ブラッドベリの古典作品を思わせる『どこかまったく別な場所でトナカイの大群が』と、徹底したリサーチで懐の広さを窺わせる『円孤(アーク)』、SF系ベストはこの三つ。普通小説に近いものでは最も長い『文字占い師』と皮肉な『結縄』。そしておそらくは実体験を吐露した『月へ』。どちらかと言えば後半に良作が集中しています。
 必ずしも無瑕の名作ばかりという訳ではなく、出来にはややムラがありますが、表題作に敬意を表し少しおまけして7点。全体としては重厚な力作短編集です。

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