マンガ狂殺人事件 |
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作家 | 赤塚不二夫 |
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出版日 | 1984年07月 |
平均点 | 5.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 5点 | 人並由真 | |
(2019/11/08 17:41登録) (ネタバレなし) 宮城県出身の漫画家のタマゴ・石森章太郎青年は、手塚治虫からアシスタントの助力を請われて上京中、車中で他殺死体に出会う。だが気に留めないで、当時の新人漫画家の梁山泊として有名なトキワ荘に向かった。そんな石森がそこで見たのは、ほかならぬ手塚自身の死体? であった。やがて事態は、昭和末期までの時空を揺るがし、日本漫画史の歴史を書き換える連続殺人事件へと発展し……。 1980年代の半ば、斯界で活躍しているその第一人者に、その各界を舞台にした推理小説? を書かせよう。しかも古今東西の名作をパロディー化した趣向を盛り込み……という悪ノリ企画。これが作品社の叢書「面白推理文庫」であった。タモリの『タレント狂殺人事件』、ビートたけしの『ギャグ狂殺人事件』など予定通りなら10冊近くのタイトルが刊行されたはずだが、本書はその中の一冊。 しかし改めて言うまでも無いが、本書の「著者:赤塚不二夫」はあくまで名義貸しっぽい。実際に書いていたら、のちのマンガエッセイその他などで、ご当人がそのことを話題にしないわけはない。そして今まで評者も赤塚ファンの末席のひとりとしてそれなりに、その種の記事や書籍は追い掛けているつもりだが、そんな事例(「俺、こないだ小説書いたんだ」とアカツカ先生がのたまっている)は一度も見たことはない? たぶん本当の実作者は赤塚マンガのメインアシスタントのひとりで、自分自身も『しびれのスカタン』『くるくるアパート』などのギャグマンガの実作を手がけた漫画家・長谷邦夫であろう。赤塚とともにグァムに行った際の話題の登場や、長谷自身の周辺の情報への偏り具合など、そのつもりで読んでいくと色々腑に落ちる叙述がある。 長谷は晩年まで文筆家としての著作も多く、一方で自分自身も若い頃に3年かけて筒井康隆の『東海道戦争』をコミカライズ(多忙で、当初原稿をわたすはずだった版元が途中で潰れたが、自力で完成させ、別の出版社に原稿を持ち込んだ逸話がある)したSFファンでもある。 それだけに本作も、タイムパラドックス的なSFガジェットと楽屋落ちネタてんこ盛りのメタフィクション性を駆使した破格の謎解き? ミステリとして結実。『虎よ、虎よ!』(本文中では『虎よ! 虎よ!』とタイトル表記)のジョウント能力なども、出典を明記した上で登場する。 マトモなミステリファン、小説読みが読んだら呆れるか激怒必至のシロモノだが、もともと叢書そのものからして破天荒な冗談企画っぽいレーベルなので、これはこれで良い。むしろそのイカレっぷりとネタぶりを楽しんだ方がいい一冊である。まあ昭和漫画文化の裏面史にまったく関心がない読者は、確実に置いてきぼりを食らう暴走ぶりだが。 (個人的には、森田拳次のアメリカでのトラブルまでネタにする臆面のなさに呆れつつ爆笑し、そしてそのヤバネタ度に改めて冷や汗をかいた。) 最終的にミステリとしては、予想通りの反則技の連発で真相が明かされるが、それでも主軸となる動機のひとつは昭和の漫画ファン的にはちょっと興味深く、1980年代の半ばの時点ですでにやはり「あの御方」は「そういうタイプのクリエイター」として衆目一致の評価だったのね、と笑いがこぼれる。いやまあ、リアルタイムでの本当のファン(二×堂先生とか)からしたら、常識みたいな見識だったのであろうが。 でまあ、ミステリのレビューとは関係ないけど、昭和漫画文化のなかの人脈図とかを探求するマニアにとっては、いい手引き書になるかもしれん。もちろんこれをもとに商業原稿か何かを執筆する際には、一次資料として本作内の記述をそのまま書き写すんじゃなく、ちゃんとさらにウラをとって欲しいけど。 最後に、本作は各章の章見出しをクリスティーから大藪春彦、赤川次郎までの人気作の題名をパロディー化(大藪の元ネタは大メジャーな『野獣死すべし』じゃないよ。カモられてるのは『破壊指令№1』で、ソレが赤塚のあの雑誌ネタとリンクするよ~笑~。)。 SF要素ばかりに寄り掛からず、ちゃんとミステリファンにもサービスした素敵な本? だけど、ただ一箇所、148頁、マイケル・クライトンの医学SFを映画化した『コーマ』という記述はいただけません。言うまでもなく原作者はロビン・クックで、クライトンはその映画版の監督&脚本(しかし『コーマ』を医学ミステリでなく医学SFとみる見識はちょっと面白いな)。 いつか復刊の機会があったら、ここはちゃんと直しておいてください。まあふたたびマトモな新刊になる可能性そのものが、まず無いと思うけど。 |