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ミステリの祭典

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美しい野獣

作家 ドミニック・ファーブル
出版日1996年07月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/10/18 13:59登録)
(ネタバレなし)
 その年のパリ。高級アパート(アパルトマン)の8階から、若い人妻シルヴィー・ルヴォンが転落死した。刑事ルロワは、シルヴィーの32歳の夫で、遊んでいても暮らせる財産がある美青年アランが、妻の墜落後にバルコニーで笑っていたという近所の目撃者の証言を重視。彼が妻を殺害したのではと疑うが、その証拠は全く挙がらなかった。そして少ししてイギリス人の娘ジェーン・スコットは、婚約者ボブをお披露目する場でアランに出会い、たちまち彼に魅せられてついには婚約を破棄してしまう。シルヴィーの後妻にジェーンを迎えるアラン。だがそのアランの心には、誰にも妨げることのできない闇の情念が潜んでいた。

 1968年のフランス作品。作者ドミニック・ファーブルのデビュー作ながら、同年度のフランス推理小説大賞を受賞したノワール・サスペンス。刊行当時の本国の書評でもボワロー&ナルスジャックのコンビが激賞している。
(ちなみになんだよ、Amazonでの、このポケミスが1996年刊行っていう標記は。評者が読んだのは、昭和46年9月15日刊行の再版であった。映画の写真ジャケット付き。当然、初版はもっと前に出ている。)

 ポケミス版の巻末の訳者あとがきで、翻訳担当の野口雄司が「どうもミステリらしくない「ミステリ」」と評する通り、物語の大半は(冒頭のシルヴィの惨劇を経て)、闇の貴公子アランに魅せられていくジェーンと、彼女の心を弄び、自滅に追い込むことを楽しみとするアランの駆け引きで占められる。
 アランの悪魔性を誰よりも実感しながらも精神的に彼の虜になっていくジェーンの描写は、後年の映画『ナイン・ハーフ』に通じる女性飼育もの的な背徳感があるが、アランの目的は自分の美貌とカリスマ性で女を虜にし、完全に所有物にした後、女自身に破滅の道を選ばせて壊すことにある。
(訳者の野口はアランが最終的に求める行為を、谷崎潤一郎の『途上』を先駆作のサンプルに引きながら「プロパビリティの犯罪」に例えており、うん、ちゃんとこの方、東西のミステリにも文学にも精通していると、感嘆させられた。)

 昏い悪徳文学ながら、全編にはどこか美学的なほの暗さとほの明るさが交錯。それが本作の独特の世界を築き上げている。
 なお本ポケミス版には、おなじみの登場人物一覧がない。ポケミス全史を通じてこれだけがそういう特殊な仕様と言うわけでもなかったと思うし、そもそも巻頭に一覧をつけなかったのが編集部の狙いかどうかも不明だが、この薄闇のなかをただただ歩くしかないような感覚の物語には、この「登場人物一覧なし」のスタイルが妙に似合っていた。

 ちなみに本作は先にちょっと触れたように、1960~70年台のフランス映画界でアラン・ドロンと並ぶ美男俳優ヘルムート・バーガーの主演で映画化(映画の邦題『雨のエトランゼ』)。評者は映画は未見で、ヘルムート・バーガーについても漫画家の大島弓子がファンだった、くらいの知識しかないが、機会があったら観てみたいと思ってはいる。

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