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ミステリの祭典

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屍体七十五歩にて死す
小栗虫太郎全作品7

作家 小栗虫太郎
出版日1979年07月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 クリスティ再読
(2019/10/12 21:12登録)
桃源社の小栗虫太郎全作品は、テーマ別編集になっていることもあって、テーマ外の「その他作品年代別」が789巻になっている。7巻は「その他」の昭和2年~12年発表作を収録、ということになる。黒死館とも並行する時期だから、結果的に「ミステリ」に入る作品の比重が高いことになるけども、いや、ホントいろいろ書いてます。明朗少女小説風の「折鶴物語」、パロディ風の「魔氷」、バカミス風の「W.B.会奇譚」さらに「青い鷺」で見せるような洒脱な江戸趣味が強い作品がいくつも....

「紅毛傾城」西洋伝奇のハシリで「二十世紀鉄仮面」にも設定を再利用している。千島列島に盤踞する海賊兄弟のものとなった緑色の髪の女と、黄金郷エルドラドの謎を巡る伝奇ロマン。
「源内焼六術和尚」三重入れ子小説で未解決暗号があるので一部で有名。福音書のパロディを含んでいて面白い。虫太郎の江戸趣味が強く出ている。
「地虫」元検事が自ら堕落して加わった犯罪組織の中で、復讐者と対決するハードボイルド風作品。
「石神夫意人」レズビアン+シャム双生児趣味。「白蟻」に近い観念的なテイスト。
「国なき人々」最後の法水もの。スペイン内戦を舞台に、ドイツ人の義勇軍が乗っ取った潜水艦に、法水一行のヨットが拿捕されて...と海洋冒険小説。

とバラエティありすぎである。大概の作品に暗号があったり、あるいはかなりヘンな医学的知識とか双生児趣味、レズビアン趣味...と虫太郎らしい味付けはどの作品にもあるけども、題材の広さは驚くほど。
「爆撃鑑査写真七号」はスパイ小説不毛の日本では、トップクラスの本格スパイ小説だと思う。アンブラー風巻き込まれ型でしかも主人公女性。スイスで療養中のベルギー大使館員の夫を持つ宣子は、夫の元へか、不倫相手の元へか決めかねながら旅立とうとしたところだ。ところが、駅で宣子は中国南京政府が派遣した特使の秘書と間違われて....

ニオン・ロオザンヌ・ミラノ行き--。
電鈴(ベル)が鳴ってリヨン停車場(ガル・ド・リヨン)の待合室が急にざわめき立ってきた。接吻や、急き立てる声や、尾錠の音が入り乱れる。
(行こう。思い切ってモントルウへ。夫のところへ行こう)
宣子は、手携げを握りしめたが、腰は立たなかった。

で小説は始まる。虫太郎、こういう文章だってちゃんと書けるんだよ。ヨーロッパの政治関係などのデテールもしっかりした、「欧州のリアル」があるスパイ小説としてきっちり成立している。暗闘はあってもアクション味はゼロで、互いに互いの背景がわからなくて、腹の探りありに次ぐ探り合いに終始している地味リアル・スパイ。これかなり凄いことだ。当時の日本の立場からも、英仏は敵方設定なのが時代を感じさせる。

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