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ミステリの祭典

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探偵アローウッド 路地裏の依頼人
私立探偵ウィリアム・アローウッド

作家 ミック・フィンレー
出版日2019年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/10/11 15:12登録)
(ネタバレなし)
 1895年のロンドン。英国中の人々が名探偵シャーロック・ホームズの活躍に胸を躍らすさなか、その名声に鼻を鳴らす一人の男がいた。彼の名はウィリアム・アローウッド。かつては敏腕な新聞記者だったが、会社の合併吸収から馘首され、自分の情報収集能力を活かして私立探偵となった男だ。相棒の助手は「私」こと逞しい肉体を誇る青年ノーマン・バーネット。しかしアローウッドは数年前に、裏の世界の大物スタンリー・クリームに接触。その際に協力者の若者ジョン・スピンドルを殺され、その事がトラウマになり、彼の心を労ろうとした愛妻イザベルにもついに愛想を尽かされて逃げられた過去があった。それでも懸命に探偵稼業を続けるアローウッドだが、そんなある日、フランス娘のカトリーヌ・クチュールが失踪した兄の捜索を依頼に現れる。だがその兄ティエリー(テリー)が働いていた食堂、それはあのクリームの経営する店だった。

 2017年のイギリス作品。ホームズ正編世界のシェアワールドで、かの名探偵とはほとんど別個に開業・活躍する二流探偵。そんな趣向がなかなか面白そうで読んでみた
(これまでのミステリ史を仔細に検証すれば似た文芸設定のものがあるかも知れないが、評者にはすぐさま思い当たらない。むしろ日本のアニメやその関連作品とかの方に、似たようなものがありそうな気がする。ガンダム宇宙世紀の外伝作品とか、『バブルガムクライシス』に対しての『A.D.ポリス』とか。)

 それで内容の方は、あらすじを見てもらって雰囲気を伝えられればいいな、という感じの50~60年代、または80~90年代のハードボイルド私立探偵調。ヴィクトリア朝だのホームズだのの設定を外しても、現代のプライヴェート・アイもので行けるんじゃないかという設定、雰囲気と筋運びで、ストーリーは進んでいく。
 ただし物語そのものは、肉体派かつ非常に人間臭く情のある(そして中盤で相応の衝撃が語られる)もう一人の主人公=「私」ことバーネットの一人称で進み、彼自身のドラマとあわせて語られるので、その辺がこの作品のユニークな個性になっている。
 まとめれば「ヴィクトリア朝時代のホームズパスティーシュ」+「普遍的な私立探偵もの」+「肉体派・活動派のワトスン視線の物語」ということになるか。
 
 物語は登場人物がかなり多く(名前の出るキャラだけで、実際には本書巻頭の人名表の2倍半くらいいる)、紙幅も多い(本文470ページ以上)が、好テンポかつ丁寧な筋運びで退屈はしない。
 主人公アローウッドは、ホームズにない自分の武器というか能力として優れた人間洞察力を誇っており(これは新聞記者時代の経験のたまもの)、これが物語の端々でイカされる。ホームズを「山師」と侮蔑しながら、「ストランドマガジン」を熟読しており、その事件簿に容赦なく自分の人間観察に基づいたツッコミを入れる描写も面白い。

 アローウッドの自宅に押しかけ同居人となる美人の妹エティ、アローウッドと犬猿の仲ながらバーネットとは友人関係の刑事ペトリー、アローウッドが細かい仕事を頼む10歳の少年ネディ(ずばりホームズにとってのウィギンズポジション)などの主要なサブキャラたちも存在感は十分で、彼らの関係性のなかには今後のシリーズ内での新展開を期待させる部分もある。

 ホームズパスティーシュの変化球としても、しょぼくれた中年プライヴェート・アイものの一つとしても、なかなか楽しめる一編。

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