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ミステリの祭典

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雨に濡れた警部
ゴーテ警部シリーズ

作家 H・R・F・キーティング
出版日1987年08月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2019/10/07 22:24登録)
(ネタバレなし)
 ボンベイ警察のベテラン刑事ガネシ・V・ゴーテ警部は、地方のヴィガトポーアに一時的に出向した。体調不良で休職中のM・A・カーン警部に代って、所轄の指揮を執るためだ。ゴーテはそこで以前に同じ職務に携わった上級警官タイガー・ケルカーに再会する。自他ともに厳しいタイガーはゴーテの師匠の一人ともいえる優秀な警察官で、現在はボンベイ警察の副監察長官に就任。今回はヴィガトポーアの警官たちの監査に訪れていた。だがヴィガトポーアの現地の警官S・R・デサイ部長刑事がいい加減な職務態度を見せたため、激昂したタイガーは弾みから彼に暴力をふるって死なせてしまう。現場にただひとり居合わせたゴーテに向かい、自分を逮捕するように指示するタイガー。しかしデサイの怠惰さとタイガーの警察官としての価値の双方を知るゴーテは、強烈な良心の呵責に苛まれ葛藤しながら、タイガーに、デサイの死因が事故のように偽装することを進言した。

 1986年のイギリス作品。ゴーテ警部シリーズ第15弾目の長編(アレをカウントすれば第16番目)。
 20年以上にわたって作者の看板キャラクターだったレギュラー名探偵が、全く以てイクスキューズの余地もない故殺殺人(もしくは傷害致死)の事後従犯になってしまうという、ミステリ史上に類のない? とんでもない作品(!!)。

 これまでの東西ミステリの長い歴史を振り返っても、ほかならぬ生みの親である作者自身の手によって、レギュラー名探偵が酷い目に合わされたケースは数多い。
 しかしそのほとんどは大別すれば、作中で職務(探偵活動や捜査)の遂行中、あるいはその結果において退場(つまり作中の死)を強いられたり、あるいは意外な(中略)役をあてがわれたり、である。
 ただし前者はもちろん、後者の場合にせよ、基本的には法で裁けない(あるいは裁きにくい)××をやむをえず……のパターンが大半だから、結局の所、その「正義と倫理を遵守する名探偵ヒーロー」というアイデンティティはまったく揺るがないのだが、今回の場合、そんな言い訳も成立しない。

 そして本作でゴーテの犯した行為は客観的に見れば100%弁解もしようのない法律違反であり、長年堅実な法の番人であった彼自身の信条を汚すものなのだけれど、当人をそんな行為に走らせた状況そのものには同調も納得もできない、しちゃいけないが、理解と共感を呼ぶ、本当にひとくれのロジックはある。
 しかしそれがいかに危うく、本当は間違っているのでは? すべてを告白して司法の裁きを待つべき(懲役はないにしろ、懲戒免職は確実。天職である警察官でいられなくなる)では……と苦悩するのは誰よりも当のゴーテ自身。
 いやもう推理小説じゃないよ。「ただの」人間ドラマだよ。でもそれをレギュラー名探偵もののミステリ枠でやったからこそ、本書は最高にドラマティックになってしまったよ、ウヒョー、という秀作。

 脇役も充実していて、ゴーテから真実を告白される妻のプロチマも、夫婦が魂の救いを求めに行く坊さんバルクリシャンも、ゴーテが弁護を頼む人権派の女弁護士ヴィマーラ・アーメド夫人もみんなキャラクターがくっきりしていてステキ。

 結局、それでこのミステリ史上に燦然と輝くトンデモイベントは、どうドラマとして決着するのか? それは自分の目で確認してください。
 興味あったら。

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