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ミステリの祭典

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ブルシャーク
海洋生物学者・渋川まり

作家 雪富千晶紀
出版日2019年08月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/10/05 22:29登録)
(ネタバレなし)
 富士山の麓にある不二宮(ふじのみや)市。同市の誇る湖・来常(きつね)湖は、観光エリアも兼ねた農業用水用の人造湖だったが、このたびこの地で海外の実力選手までも招待した、一般参加可能な大型トライアスロン大会が開催されることになった。市役所企画課の公務員・矢代貴利は大会の実行委員として準備に奔走するが、この湖の周辺で不審な失踪事件が発生する。それと前後して現れた久州大学の海洋生物学の准教授の女性・渋皮まりは、この来常湖に巨大なオオジロサメが外洋から迷い込んだ可能性を指摘した。

 ベンチリーの『ジョーズ』の作劇フォーマットを踏まえながら、21世紀の新作として仕立て直した、巨大生物系の怪獣小説。一番のポイントは本来は海水魚のハズのサメがなぜ内陸にいるかだが、オオジロザメに関しては淡水でも生息可能という大前提をまず開陳。そこからあれやこれやのデティルを足し繋ぎながら、全長ウンメートルの怪獣的なサメが内陸に存在して人間を襲うというとんでもない状況にフィクション的なリアリティを築き上げていく。この辺はクライトンとかの作法を醤油味にした感じで、まあ悪くない。

 物語にからんでいくキャラクターたちも、多層的な構想でたっぷり配置。まあこういうポジションのキャラならお約束的にこうなるよね、とか、あーこれはミスディレクションで実際には……など読み手が先読みできてしまうものも少なくはないが、その辺はこの作品の場合、おなじみのセオリーを守る感触であまり悪印象がない。

 あのグラディス・ミッチェルの『タナスグ湖の怪物』みたいに、もうちょっと中盤でドキドキ&サプライズもののモンスターの露出は欲しかった気もするが、まあ不満はそこら辺くらいかな。クライマックスの惨状シーンはさすがに読み応えがあった。
 
 ところでTwitterとかAmazonとかの感想やレビューじゃ誰も言ってないみたいだけど、本当は(あるいはさっきまで)海にいる(いた)はずの巨大怪獣がいきなり内陸に出現するという本作の外連味のコンセプト。これってたぶん、東宝特撮怪獣映画の名作『モスラ』(1961年)の中盤の展開、太平洋上で姿を消したモスラの幼虫がいったいどうやってそこに来たのか、いきなり日本の内陸(東京近郊の第三ダム)に出現するファンタジックな描写がルーツだよね? まあ本作の場合は、あれやこれやの理屈づけで、その辺に一応のまっとうな説明をつけておりますが。

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