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ミステリの祭典

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金色藻

作家 大下宇陀児
出版日1956年01月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2019/10/02 19:48登録)
(ネタバレなし)
 その年の初夏。「東洋時報」の新米記者で26歳の蘆田(あしだ)良吉は、編集長の命令で刑事事件の取材を一度経験学習するため、日比谷の裁判所を訪れる。折しもそこでは困窮ゆえに窃盗を働いた46歳の屋台のおでん屋、五味被告の審理が開廷中だった。だがその裁判中に何者かが被告を狙撃して射殺。犯人と目される男は本物の警官を絞殺してその制服を奪ったニセ警官だが、賊はまんまと逃亡してしまう。事件を追う良吉は、遺された五味の長女の美少女・志津子、そしてその弟妹と親しくなるが、一方で捜査陣は五味殺害事件の真相が、五味がその自宅に窃盗に押し入った人気女優・桜木ハルミに何か関係あるのではと推測。だが捜査が進むうちに、さらに次々と殺人事件が続発する。やがてある事件関係者の口から、重大なキーワードと思われる謎の言葉「金色藻」が語られる。

 昭和7年の6~9月にかけて「週刊朝日」に連載された大下宇陀児の長編。なんか噂からそれなりに正統派っぽいパズラー路線かと思っていたが、死体の山と主人公&子供のピンチ、さらに悪党達の入り乱れる陰謀とかのセンセーショナル要素で一本まとめあげた、長編スリラーであった。
 まあ読んでる間は退屈はしないが、それにしても本来は犯罪そのものを隠蔽するための目的の関係者の口封じのハズなのに、それを一般人の面前で目立つように、それも必要以上に手間暇かけて実行して、どーすんだ、という状況が少なくない。その辺はいかにも作中のリアリティなんかより、展開上のショッキングさや外連味を優先した作劇故の弊害であろう。
 そんな大味で雑なところも目立つ一方、前述のようにグイグイ読ませるところもあって、発表当時これがそれなりに受けたらしいことは分かる。事件の真相そのものはいろいろと思うこともあるけれど、一部のサブキャラの使い方やキャラクター芝居の見せ方には相応の職人芸を感じないでもない。
 あと本作は決してサイエンスフィクションの類ではなんだけれど、それでも長い作家生活を通じて科学読み物やSFに随時傾倒していた大下宇陀児らしい関心の断片が、かなり物語の核になるところに覗えてその辺もちょっと興味深かった。この作品の背景には、世間の人々が科学の進歩に万能の可能性を夢想できた時代、のようなものがある。
 
 最後に、今回は思うところあって春陽堂文庫版と、別冊宝石67号の「大下宇陀児読本」所収版の双方を並べて読んだけれど、本文全域の随所にずいぶん改訂がなされていて少しびっくりした。「一寸法師みたいな(小男)」(別冊法石版)→「猫背の」(春陽堂文庫版)とか。
 春陽堂文庫にはおなじみ山前さんの丁寧な解説が付記されていてとても有り難いが、本文の底本が何かは特に記載がなかったと思う。その辺のテキスト面のデータの表記は、なるべくお願いしたいところです。

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