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ミステリの祭典

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タイムズ・スクェア
雑誌「EQ」 1995/11 NO.108掲載

作家 コーネル・ウールリッチ
出版日不明
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/09/30 03:15登録)
(ネタバレなし)
 1922年のニューヨーク。17歳のダンサー、テリー・ロンドレスはダンスホールの二階から墜落。重傷もしくは死亡もありえるなか、奇蹟的に大事なく済んだ。たまたま現場に居合わせた青年ボクサーのクリフォード(クリフ)・ライリーが彼女を病院まで連れ添って介抱。それが縁で二人は恋人関係になる。ともに貧しい二人だったが、テリーは女優として大成するチャンスを夢見、一方でクリフのもとには叔母のクレオパトラ・ヒギンズの遺産2000ドルが転がり込んだ。やがて内縁の夫婦となる二人だが、それぞれに自由に生きようとする彼らの運命は少しずつ別の道を歩み出していく……。

 1929年のアメリカ作品。1934年に短編ミステリ作家、1940年に長編ミステリ作家として再デビューする以前のウールリッチは1926年から1932年にかけて6本の都会派の長編普通小説を執筆。本作はその第三作目である。
 内容的には非ミステリだが、後年のウールリッチの諸作に通じる原型的な要素(まだ荒削りな感じながら、どこかおとぎ話的な話法の詩情的な叙述、読者の油断の隙を突いて斬り込んでくる残酷かつ切ないストーリーテリング……などなど)も随所に感じさせる。まあ横溝の『雪割草』とか木々高太郎の『笛吹』みたいな大物ミステリ作家の、ミステリ作品との接点もある周辺作品(小説)枠ということで。

 邦訳は「EQ」誌に原稿用紙330枚のボリュームという触れ込みで掲載されたが、雑誌の誌上で一回完結という制約のせいか、かなり改行が少なく、みっしり感が強い。
 他のウールリッチ作品の邦訳といえば全般的にもう少し改行がゆるやかな印象があるので、従来のような字組みをすればもっと原稿用紙換算の枚数は増えるだろう。
 
 ストーリーの流れは、主人公の男女コンビが、おとぎ話なら「こうして二人はその後いつまでも幸福に暮らしました。めでたしめでだし」と何回かなりそうなところを、そんなのウソンコだと、双方が精神的な本音でのブラウン運動を繰り返し、そんな彼らの周りでさらに多様な人物がそれぞれに自在な人生模様を見せていく。そういった叙事の集積の果てに築かれる物語は、ほんの少しユーモラスで、総体的にはビターで切ない。クロージングは鮮烈な余韻を置き残し、読み手のこちらの心をしみじみと揺さぶる。
(それと本文の途中で、時間の流れを大きく前後させる独特のインサート手法を不器用な感じで用いているのが、なんか興味深い。)

 ウールリッチのこの時期の初期長編の邦訳は、他に第六長編の『マンハッタン・ラブソング』がやはり「EQ」に掲載。論創社からもこの辺の初期作品の刊行企画があるみたいだが、「EQ」に既訳の二作の書籍化ではなく、完全に未訳作品の新訳だといいなあ。

 ちなみに主人公クリフがテリーを連れて身を寄せるメアリー叔母さんの住所が、アメリカの田舎町「ライツヴィル」。クイーンの『災厄の町』が1942年だからずっと早いよ。まあ土地の名のネーミングとしてはそれほど奇をてらったものでないので偶然、あるいは実在の地名に何か共通の由来があるのかもしれんけど? 

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