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ミステリの祭典

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緋色のヴェネツィアー聖マルコ殺人事件
「聖マルコ殺人事件」を改題 ルネサンス歴史絵巻

作家 塩野七生
出版日1988年11月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 クリスティ再読
(2019/09/22 22:07登録)
現在は副題に「殺人事件」が入っているが、当初「聖マルコ殺人事件」で出版されている。ヴェネチアの聖マルコ寺院の下で見つかった刑事の死体で始まって、小説の最後で犯人が判明するけど...まあ犯人当て興味はない。16世紀初めのヴェネチアを中心に主人公アルヴィーゼ・グリッティの愛と野望を描いた歴史小説、になるんだが、時代が古いだけのことで、内容はほほ国際スパイ・国際陰謀物だから、本サイトの守備範囲だと思う。この主人公の知名度は日本じゃないに等しいし、この時期のヴェネチアとオスマントルコを巡る政治情勢は、まず馴染みがないだろう。だけどハプスブルク家カール5世の野望に抗して、自らの恋と野望のために散るこの主人公の立ち位置が極めてユニーク。大変ナイスな主人公で、よくぞ見つけたねえ、と褒めたくなる。
アルヴィーゼはヴェネチアの元首の私生児で、庶出ゆえにヴェネチアの貴族社会には受け入れられないのだが、ビジネス上の付き合いの深いイスラム教のコンスタンティノープルではハンデではなく、ヴェネチアとオスマン・トルコの同盟関係を保証する「元首の息子」の要人として、スレイマン大帝にも信任される...というんだもの。国家も宗教も軽々と乗り越えて活躍する主人公に、ハメられる枠なんぞない。ヴェネチアでは名門の令嬢と恋しながらも、貴族外の私生児と結婚したら貴族から除外される規定があるので、自ら一旦身を引くんだが、オスマン・トルコの後援でオーストリア牽制を目的として、ハンガリーの征服とその王位を狙う...愛する人をハンガリー王妃として迎えようというアルヴィーゼの野望は実現するか?とまあロマンの極みみたいな主人公である。
なので話は、大変面白い。けどこの低評価は...妙に説明調が強く出ていて、小説らしい面白さとはちょっと違うんだよね。素材はもちろん極上なんだけど、語り口が生硬でやや興を削いでいる。何か惜しいなあ、という印象。塩野七生って小説家とも歴史家ともつかない微妙な人なんだな。それでも、当時の男性ファッションのきらびやかなあたりもちゃんとチェック入っている。こういうあたりは、いい。
でこのロマンの極みな主人公を、宝塚歌劇が放っておくわけない。で「ヴェネチアの紋章」(1991)になったわけだ。脚本・演出は今年7月に亡くなられた柴田侑宏で、主演も若くして亡くなった大浦みずき、その退団作品。というわけで柴田センセの追悼で本作を取り上げることにした。柴田センセというと、ファンの間ではベルばらの植田紳爾よりも尊敬されてた大ベテランなんだが、評者も好きな作品が数多い。本作もかなり原作に忠実なんだけども、作中でアルヴェ―ゼが恋人と踊るモレッカのシーンなんぞ、ヅカのダンスの教祖大浦みずきである。極めつけのカッコよさだ。これを受けて、アルヴィーゼが戦死を覚悟して遠く離れた恋人を想ってハンガリーの城で独り踊るモレッカをオリジナル・シーンとして追加しているし、幕切れもヴェネチアの「海との結婚」の祭りに、アルヴィーゼと恋人が転生(ヅカのラストシーンはよくある)して、語り手のマルコがそれを眺める、泣かせるラストになっている。
どうも大浦みずきの主演作で唯一のDVDが本作らしい。ちなみに後にトップスターになっただけでも安寿ミラ、真矢みき、森奈みはる、愛華みれ、真琴つばさ、紫吹淳、匠ひびき、姿月あさと、月影瞳...だけでなくて、研一で安蘭けい、花總まり、春野寿美礼まで出てたりする。古き良きヅカを楽しめる作品だ。

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