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ミステリの祭典

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あ・じゃ・ぱん

作家 矢作俊彦
出版日1997年11月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点
(2019/09/25 05:45登録)
 史実より急速度でソ連が侵攻し、東西に分断された架空の日本国。1990年代後半には、東半分は書記長・中曽根康弘が独裁する共産圏の優等生となり、西半分は吉本興業一族が支配する経済大国として発展を遂げていた。だが既にソ連は崩壊し、富士山もアメリカの核誤爆により醜い姿を晒したままであった。
 アメリカ爆撃調査団の一員であった親日家の黒人兵を父に持つ〈私〉は東日本官話の堪能さを買われ、CNNの現地レポーターとして国境である《壁》を越えることになる。東日本では昭和天皇の崩御を機として、政治的変動が始まっていたのだ。技術者や党幹部の西日本への脱出、越境者の飛躍的増加――
 さらに西日本の皇居蛤御門に集まった弔問客のなかには、紋付き袴にソフト帽を被った一人の老人が映っていた。新潟の山奥で四十年以上も戦い続けている東日本の反政府ゲリラ、独立農民党の党首・田中角栄。農民党は名指しでCNNとの接触を希望してきたのだった。
 そして角栄の斜めうしろには、父の永遠の女性〈ハナコさん〉が四十年以前の写真と変わらぬ姿で映っていた。生前の彼は、彼女が〈私〉の本当の母親だと話していた――
 90年代の矢作俊彦を代表する畢生の大作。自動車雑誌『NAVI』1991年1月号から2年半にわたり連載された後、4年をかけた校正ののち、1997年末に刊行されたもの。上下巻にして1000P以上、二段組にしてギッチリ詰めても777Pの厚み。
 書き出し部分は一応記述しましたが、ほぼ意味はありません。四部構成で第一部は獅子文六『てんやわんや』や井上ひさし『吉里吉里人』系独立国家シミュレーション、第二部はハードボイルドで、第三部は小栗虫太郎テイストを挟んだポリティカル・フィクション。最後の第四部は『薔薇の名前』か『黒死館』かという幻魔怪奇探偵小説から一気に昭和特撮へ、ラストは某名作風に〆て終わります(オチに関連するので秘匿)。だって本当にこんな小説なんだもの、仕方無いじゃない。
 田中角栄に始まり三島由紀夫、中曽根康弘、笠置シヅ子、渡辺美智雄、アーネスト・ヘミングウェイ、エドウィン・ライシャワー、李香蘭、佐藤昭子、長嶋茂雄、川内康範、天本英世、和田勉、石原慎太郎など、実在人物・事象を縦横無尽に登場・改変させ、しょうもないギャグにアホほど昭和ガジェットを鏤めて展開します。チョイ役・言及のみに至っては志村けん含め数知れず。
 『黒死館殺人事件』はこの作品の核となる要素の一つで、作中にも〈降矢木残徹〉なる重要人物が登場。さらに作中で語られる小栗虫太郎の架空の遺作『死霊』のあらすじに従い、ストーリーは進行します。なんでも法水麟太郎が折竹孫七に助けられ、地底の大洞窟に乗り込んでいく話だそうですが、病膏肓といった感じ。マンガ原作『サムライ・ノングラータ』で同名主人公を登場させてることから見ても、かなりのマニア臭いです。
 その筋ではえらい評価の高い作品ですが、読んだ感じ世界文学級とは全然思いません。タダゴトでないのは確かですが。それに敬意を表して1点プラス。1998年度第8回ドゥマゴ文学賞受賞作品。

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