レイディ |
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作家 | トマス・トライオン |
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出版日 | 1975年01月 |
平均点 | 9.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 9点 | 人並由真 | |
(2019/09/13 10:41登録) (ネタバレなし) 1930年代の初め。アメリカのニューイングランド。そこで未亡人の母と5人の兄妹、弟とともに暮らす「ぼく」こと、ウッドハウス家の三男フレドリック(フレッド)。8歳の彼は近所に暮らす、40代初めの美しい未亡人「レイディ」ことアデレイド・ハーレイと知り合いになる。実家はドイツ系の移民で、名門で莫大な財産を持つハーレイ家に嫁いだアデレイドは、先に傷痍兵として帰還した夫エドワードに先立たれ、今は西インド諸島出身で高い知性の黒人の家令ジェス(ジェシー)・グリフィンと、その妻でユーモアを解する陽気な女中エルシーと三人で暮らしていた。階級意識を持たずに町の人誰とも明るく付き合い、しかし動物への無益な虐待などには毅然と怒りを見せるレイディ。そんな彼女とフレッドは、年齢の差を超えた深い友情を抱き合う。だがそんなレイディを時たま見舞う昏い影。それは謎の赤毛の男「オット氏」の訪問に関係するようであった。 1974年のアメリカ作品。『史上最大の作戦』ほか多くの名画に出演した実力派俳優で、1971年から小説家に転向した作者トライオンの作品は日本では4冊の長編が紹介され、21世紀の現在ではそのうちのホラー系の二冊『悪を呼ぶ少年』と『悪魔の収穫祭』のみが特化して高名。評者は大昔に『収穫祭』を読んで以来、数十年振りに思いついてこの作者の未読の一冊を手に取るが、期待と予想を遙かに超えて実に良かった。 一言で言えば青春時代に初めてフィニイの『愛の手紙』を読んだ際の切なさと心の完全燃焼感を、キングの『11/22/63』に近いボリューム感で授けてもらったような、そんな感興である。 物語は全編が語り役で主人公の一方「ぼく」ことフレッドの視点から綴られ、時局は30年代の初頭から第二次世界大戦の終結、さらにその先のエピローグまで進んでいく。スト-リーは基本的には、もうひとりの主人公で本作のタイトルロールであるメインヒロイン「レイディ」の挙動を軸としたエピソードを延々と連ねていく形質で語られるが、少年主人公の視界に入るレイディ自身、そして彼女の「家族」や周囲の人々、さらにはフレッド自身の家族や友人たちをも含む作中の日常世界を紡ぎ出すその筆致は、瑞々しいほどのリリシズムとふんだんなユーモア(そして適度な苦さ)に満ちて読む側を飽きさせない。 それでも前半までは、ひとつひとつのレイディからみの挿話に感情を揺さぶられながらも物語の大筋が見えてこない事に若干のじれったさを感じない事もないが、謎の人物オット氏の出現を経て、さらに中盤でのある展開に触れた以降は、もう怒濤の勢いで読み手を引きつける。二段組みのハードカバー、この時期のハヤカワノベルズ版の小さめの級数で350頁の分量は決して軽くはないが、それでも実質一日でいっきに読み終えてしまった。 若さと成熟、成長と老い、生きることの矜持と他人に覗かせたくない心の本音、さまざまなものを対照させながら第二次大戦の終息と時期を呼応させたクライマックスに向かってゆく物語の作りはあまりにも堅牢で、そこまで行けば、物語の前半、ほんとうにほんとうにわずかな倦怠感ばかりを覚えたあのレイディとともに過ごしたごく平穏な日常の日々にどれだけ多大な価値があったのかと改めて振り返らせられる。すべてが時間の流れのなかに過ぎていき、それでも主人公フレッドのそして読み手の心の中に何かが残るこの余韻と充実感。これこそが、小説を読む幸福だ。 なお本作のミステリ要素は決して文芸性優先でおろそかにされている訳ではなく、的確にポイントを抑える感じで小説としての結構に見事に融合している。そんな創作上の技巧の鮮やかさもまた、この作品の完成度と充実感をさらに押し進めている。 死ぬまでにこのレベルの本が20冊読めれば、まちがいなく自分の人生は相応に充実したものになるだろうという、そんな思いさえある優秀作~傑作。 |