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ミステリの祭典

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THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ
二村永爾

作家 矢作俊彦
出版日2004年09月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点
(2019/09/17 09:17登録)
 空振りに終わった張り込みの帰路、神奈川県警捜査一課の警部補・二村永爾は初めてビリー・ルウ・ボニーに出会った。彼はドブ板通りの突きあたりに積み上げられた段ボールの山に埋もれ、調子っぱずれの英語の歌をゴキブリに聞かせていた。抱き起こされたルウは人気の無いハンバーガーショップに入ると、二村にスパニッシュ・オムレツとチョリソを奢る。無銭飲食と不法侵入の共犯者。二人はその晩、バー・カーリンヘンホーフで酒を酌み交わす仲になった。
 その週末、横須賀の岸壁に打ち寄せられた死体が見つかる。どう見てもインドシナ系の外国人だが、なぜかその男は英国籍を所持していた。書類上の名前はチェン・ビンロン。紆余曲折の結果、三人のミャンマー人作業員が彼を誤って冷凍庫に閉じ込めた後、死体を海に投げ捨てたと判る。業務上過失致死の疑いも残ったが、結局地検は起訴をあきらめた。だがチェンはあのハンバーガーショップ"カプット"の経営者だった。
 施錠された"カプット"に再び侵入し、拳銃を持った謎の二人組に追われるルウに、刑事としての態度を取れない二村。その月末、ルウが突然彼のアパートを訪れる。「頼みがあるんだ。ぼくのために車を動かしてくれないか」「ぼくを横田まで送ってくれ」
 二村はビリーを三つのトランクと共に横田基地まで送り届ける。彼は百ドル札を二つにちぎって渡すと九十九時間後の再会を約し、低翼双発機シンシアに乗って夜空の片隅にかき消えた。だがビリー・ルウは出発直前マンション駐車場の愛車に、刺殺された女の死体をトランク詰めにしていたのだった。そして彼を乗せた双発機は、台湾山中で消息を絶つ――
 前作「真夜中へもう一歩」からなんと約20年ぶりの二村永爾シリーズ4作目。2004年刊行。言わずと知れたチャンドラーのオマージュ作品ですが、LONGではなくWRONG(間違った)となってるところがミソ。連載『ヨコスカ調書』を修正し1995年、「別冊野生時代」書き下ろし長編として発刊された『グッドバイ』に、『眠れる森のスパイ』や他作品の引用を加え、大幅に加筆修正を施し纏めたもの。『リンゴォ・キッドの休日』の高城由や、情報屋ヤマトなど懐かしい顔触れも再登場。
 責任を取る形で捜査一課から、警察図書館準備室とかいう訳の分からないセクションに左遷された主人公。一気にヒマになるや否や旧知の元鬼刑事・佐藤から、昔馴染みの女将・平岡玲子の失踪調査を依頼されます。依頼主は彼女の養女、平岡海鈴ことヴェトナム系戦災孤児のアイリーン・スー。世界的ヴァイオリニストで、日本公演のかたわら養母に連絡を取ろうとしたところでした。玲子所有の赤いサニー・バンに残された、携帯電話の通信記録とメモ用紙。そこにチャンの名前と"カプット"との繋がりがあったことから、二つの事件は結びついていきます。
 ベトナム戦争をめぐる過去の小事件と、戦後のベトナム開発に絡む現在の大きな事件。小事件は大事件から枝分かれしたものですが、ストーリー的にはこちらがメイン。かなり複雑な筋立てです。過去篇では〈メキシコのオタトクラン〉なんて地名もご丁寧に出しちゃってます。そこまで似せなくてもいいのにねえ。
 なんのかんの言ってもムーディーな本家と異なり、現代が舞台のこちらの事件背景はドブ泥臭いもの。二村はアイリーンに振られた後警察を辞め、由もヤマトも横浜からいなくなって仕切り直し。ルポルタージュ「新ニッポン百景」と同時期の連載なせいか、作中でも変わりゆく日本への毒舌が目立ちます。色々と黄昏てるんで、点数は7点。

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