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ミステリの祭典

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赤い氷河

作家 笹沢左保
出版日1963年01月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2019/09/09 22:39登録)
(ネタバレなし)
 昭和30年代。ある年の2月。東京地検の34歳の検事・江藤昌作は、かつて思いを寄せたひとつ年上の女性、瑤子と15年ぶりに、地検の近所の喫茶店で偶然に再会する。瑤子は戦争中に17歳の若さで5つ年上の学生・根岸に嫁いだが、今は6年前に夫を失い、忘れ形見である16歳の美少年・竜一と二人暮らしだった。だがそんな瑤子に再婚の話があるという。相手は数億円の資産を持つがすごい吝嗇家で、先に6人もの妻と死別もしくは離縁した経歴のある、58歳の事業家、伊集院鉄次だった。言い知れぬ不安を感じる江藤を他所に伊集院家に入籍する瑤子だが、結婚前のまともそうな紳士の仮面を脱ぎ捨てた鉄次は新妻に折檻を加え、さらに竜一とは親子の縁組みもせずに、朝から晩まで下僕のようにこき使った。我慢に我慢を重ねたのち、ついに鉄次の殺害を企てる竜一。やがてある日、伊集院家で……。

 1963年2月に文芸春秋新社から刊行された書下ろし長編。本文を読むと登場人物の説明が重複していたりする箇所があるから、連載作品かと思った。

 憎まれ役である鉄次の、いかにも昭和のケチでイヤなオヤジといった描写が強烈で、小説の前半は本作の主人公の一方である竜一がこいつにいじめられる苦労話。笹沢左保、花登筺の世界にチャレンジか、という趣である。
(なお本作は、前半序盤のプロローグ部分のみ、江藤が一人称で担当。ほかはすべて三人称という変則的な形式。)
 二部構成の本文の後半冒頭で事件が起きてからは、叙述の視点がまた江藤に戻り(ただし三人称)そのまま犯罪の真相に挑む流れとなる。

 正直、謎解きミステリとしてはナンという事もない一作(犯人が何を狙ってるのか気づかない読者は、元版の刊行当時も21世紀の今も、まずいないだろうし)。
 でも一度読み始めたら最後まで一気に読ませてしまうリーダビリティの高さと、瑤子に託された笹沢作品の多くに通底するメインヒロインの妖しい濃さ、それに竜一をメインにした青春クライムストーリー的な一面などは、まあそれぞれがこの作品の存在意義となっているかも。

 しかし一番この作品で印象的だったのは、本作の題名が表意するもの。一体何がこの話で「赤い氷河」なんだろうかと思いながら最後まで読むと、確実にラストでズッコけて(死語)大笑いするだろう。いささか強引すぎませんか(笑)。 

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