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ミステリの祭典

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マイク・ハマーへ伝言

作家 矢作俊彦
出版日1978年01月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点
(2019/09/10 08:33登録)
 ポルシェ九一一Sタルガは首都高のカーヴから横浜の夜空に、弧を描いて墜ちていった。彼らの友人の松本茂樹を乗せて。消火剤で真白けに厚化粧されたポルシェは、どこからどこまで真っ黒だった。誰かがトランクに入れっぱなしにしておいたゴルフ・クラブが焦げた地面に放り出され、あざやかに光っていた。
 A級ライセンスを所持していた松本が、一五〇キロといえど足回りに余裕のたっぷりあるポルシェで事故るはずがない。彼とクルマを共同所有していたマイク・ハマーと四人の仲間たちは、試験開発され首都高速警察隊に極秘納入された怪物パトカーの存在を知る。日産がシルビア・ロータリーと同時開発していた幻のGTに、セドリックのボディを被せた覆面自動車。排気量三二〇〇CCの三百馬力、自重は一・七トン。時速二三〇キロを叩き出すPC、ダットサンSR三二〇。松本はこいつに殺されたのだ。
 ハマーたち五人は茂樹の四十九日を弔ったその夜、首都高にダットサンを誘き出す"パーティー"を企画する。勝負所は首都高速一号線の大師料金所から羽田ICまでの約二キロ。茂樹が落ちたその場所だ。
 1978年発表の矢作俊彦の処女長編。「リンゴォ・キッドの休日」の方が若干早いですが、こちらは中篇二つという扱いなのかな。どれを見ても〈書き下ろし処女長編〉となっているので、まあそういう事にしておきましょう。
 ハヤカワJA版「リンゴォ・キッド・・・」で「ハメットの正嫡はマーロウとハマー! リュウ・アーチャーのプライドは死んでいる!」と熱く語っているように、マイク・ハマーにはかなりの思い入れがあるようですが、この作品の舞台は70年代後半のヨコハマ。"I,THE JULY"と啖呵を切って突っ走る直情型ヒーローの生きる場所はありません。彼の二つ名を持つ主人公含め、仲間は外交官の息子や大病院の御曹司など皆プチブル。ハマー自身も二メートルを越す大男なものの至ってクールな頭脳派で、勤務先のTV局を利用して警察に一矢報いる程度の事しか考えていません。
 またどこか吹っ切れない自分に、忸怩たる思いを抱えているマイク・ハマー。ゆえに綿密な計画も彼のコントロールを離れ、彼自身もスポットライトから次第にフェードアウトしていきます。
 群像劇の中心となるのは切れる頭と硬い意思を持つ手に負えない若者・克哉と、喧嘩屋でいっとき関西の暴力団にスカウトされるも左肩を潰されて帰ってきた翎の二人。ですが彼らが高速で繰り広げるカーチェイスの分量は終盤30Pほど。描写は濃密ながら、ストーリーの大半はそこへ向かうグループ各個人の思いと、過去の回想を中心に語られます。
 彼らに先駆けて逝ってしまった女性、それに続いて事故死した才能の塊のような年下の後輩。二人への割り切れない感情を抱えた、五人のメンバーの物語。洗練度は後期のものには劣りますがどこかアメリカン・ニューシネマの香りのする、力の篭もった作品です。

 追記:単行本の著者紹介には「船会社のメッセンジャーをはじめ、列車貨物係、船員など職を変え、一時はピンカートン・インヴィスティゲイションズ横浜支局に勤務」とあります。ナチス・ドイツの宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスを崇拝し、「生涯を徹して嘘をつき通し、欺き通した彼こそは作家たる者の最良の手本」と語る作者ですから、「またホラ吹いてんな」くらいにしか思いませんが。とにかくまことしやかにウソを吐く人ですから、本気にしてはいけません。

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