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ミステリの祭典

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バハマ・クライシス

作家 デズモンド・バグリイ
出版日1984年06月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/09/09 17:19登録)
(ネタバレなし)
「わたし」こと、バハマ諸島で財を為した白人たちの血筋で、本人は複数のリゾートホテルやレンタカー会社を経営する42歳のバハマ人の実業家トム・マンガン。そんな彼のもとに、ハーヴァード・ビジネス・スクール時代の旧友でテキサスの大財閥カニンガム一族の息子ビリーが来訪。大規模な事業の提携の話題を切り出す。好条件で話をまとめたマンガンだが、そんな時に思いがけない悲劇が見舞い、彼は心に大きなダメージを負った。やがて傷心の状態から一応の回復が叶ったマンガンだが、バハマ諸島の周辺には大小の不穏な事態が続発。そんな中でマンガンは、過日の悲劇に関わるらしい人物がふたたびこの近辺に現れた事を知った。

 1981年の英国作品。刊行された順番としては、バグリイの13番目の長編。
 初期からは傑作、秀作を続発していたバグリイが、後年はだんだんとダメになっていったというのは現在ではほぼ定説のようで、評者も大枠としてはそれに同意(長編はまだあと3冊だけ、読んでない後期の作品があるけど)。
 私見で言えば1971年の『マッキントッシュの男』あたりまでが好調な時代。1973年の『タイトロープ・マン』あたりからおかしくなっている気がする。
(『スノー・タイガー』なんか、たぶん一番、自分的にはダメだった。『サハラの翼』などは読んでいるハズだが、まったく記憶に残っていないし。)
 バグリイの後期作品がおおむねダメなのは、好調な時代に正統派冒険小説としての直球を使いきってしまい、のちのちに先行作と差別化のために趣向優先のストーリーに比重が傾き、その結果いびつなものが多くなってしまった、そんな事が原因の一つのように思える。

 それでもまあ、腐ってもナンとかでしょと、残っているバグリイの未読の作品を今回、久々に一冊手にとったが、……うん、これはまあまあ、かな。

 現状で文庫版の方にひとつだけついているAmazonのレビューなどでは、ものの見事にケチョンケチョン(笑)だが、当時の作者バグリイの書く側の心情を、こっちが勝手に仮想するなら、大金持ちの主人公という、あんまり冒険小説には見られない(全く例が無いわけではないが)珍奇な設定でとにもかくにも勝負してみたかった気概が覗えるし。
(なお、もともと実業家の主人公マンガンが、さらに格上の大財閥カニンガム一族のなかに食い込んでいくステップアップドラマなど、たぶん執筆の背景にはシェルドン(シェルダン)の『華麗なる血統』の影響あたりがあったんじゃないかとも思う。)

 金持ちが、復讐に反撃に、さらに窮地からの脱出のためにと、財産と人脈を惜しげ無く使いまくり、それでもその万能感が通用しないいくつかの局面でジタバタするのも、これはこれで冒険スリラーの正しい文法には叶ってはいる。
 後半、かなり重大な窮地からの逆転図も安易といえば安易かもしれんけど、そこで(中略)にちょっとひねったキャラクター設定を与えてフツーじゃないなんとなく凝った食感にしているあたりもウマイとは思う。
 まあ主人公マンガンが一番最初の悲劇をもうちょっとあとあとまでメンタル的に重く受け止めていてほしいのは、読んでいての不満ではありますが。

 後期の中では『敵』と同じくらいには、ストーリテリングのツイスト、細かい山場の盛り込み具合で、それなりに読ませる方ではないでしょうか。
(ちなみに私『敵』の方は、面白い、よく出来てるとは認めながら、愛せない作品です。まあ読んでいる人で、共感してくれる方はそれなりにいると思う。)

 なお本作『バハマ・クライシス』の事件の真相というか、悪役側の狙いの実態は、やや拍子抜け。
 本当はバグリイ自身ももっとあっと読者を驚かせるものを用意したいと思いながら結局のところ最後の最後で力が尽きて、ごくフツーな説明で済ませてしまった感じもしなくもない。

 個人的にはなかなか面白かったけど、あれこれ引っかかる部分で厳しい評価をする人がいても、それはそれで仕方がないかなという、そんな一冊。

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