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ミステリの祭典

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時間溶解機

作家 ジェリイ・ソウル
出版日1959年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/09/05 13:29登録)
(ネタバレなし)
 その日の朝、とあるモーテルの一室で目覚めたウォルター・イヴァン・シャーウッドは、脇に見たこともない女性が裸で寝ているのに気づく。恋人のマリオンではない? さらに驚いた事に、鏡に映るその素顔は、確かに自分のものながら、わずか一晩で十年ほども老けていた!? 驚愕のまま外に飛び出すシャーウッドはこの不可思議な事態に納得のゆく説明を求めて市街を徘徊するが、そこで彼が認めたのは信じがたい現実だった。一方、モーテルに残された女性も室内に残っていた身分証明書や書類から、同衾した男が見も知らぬ相手だと認める? そんな彼女もまた、我が身に生じた異変を意識するが……。

 1957年のアメリカ作品。作者ジェリイ・ソウル(ジェリイ・ソール)は、東宝の日米合作特撮怪獣映画『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』に原案を提供した事でも知られるSF作家(ただし映画のOPにはノンクレジット)。日本では他に数冊の翻訳がある。

 本書は一昔前に「ミステリファンがSFに手を出すならコレ」という感じのガイド記事などで、アシモフの『鋼鉄都市』やベスターの『分解された男』などと並んで、よく紹介されていた一冊。
 実際に本書(ハヤカワポケットSFの銀背)で巻末の解説を書いている福島正実も、探偵小説の手法を使ったSFという主旨の記述をしている。
 原書のペーパーバック(エイヴォン・ブックス)版の表紙からしてソレ(SF作品)っぽいし、日本でも邦訳が刊行された叢書からして最終的にこの作品がSFジャンルに落ち着くのは明白なのだが(だから今回は本作そのものがミステリかSFかというレベルでは曖昧にしない)、それでも小説の現物は、タイトルも見ないで本全体にカバーでもかけて読み進めれば、普通の記憶喪失もののミステリと思う人も多いのではないか? とも考える仕様である。

 実際、手法的にも、SF的ガジェットがなかなか登場してこない作りからしても物語の興味はミステリ的な流れで進み、さらに言うなら真相がわかってからも、そんなにSFファクターの強い話とも思えなかった。
 ロビン・クックあたりが悪ノリした時期なら、こういう作品を医学&科学スリラーの標記のもとに発刊し、特にSFとは謳わなかったのではないかという感じだ(そしてその上で、よくいるお調子者の読者とかが「これはエスエフだー」と盛り上がるようなタイプの一冊である)。

 なおポケットSF版の裏表紙、また前述の福島正実の解説などでは「S・F界のウールリッチといわれるジェリイ・ソウル」と語っているが、個人的にはそれほどウールリッチっぽいリリシズムも寂寞感も、自分の文章に酔うような独特の詩情感もそんなには感じない。
(サスペンス感はそれなりにあるし、ちょっとしたメンタリティの機微は器用に随所に抑えてあるが。)
 もしかしたら、同じ記憶喪失テーマということでアイリッシュ名義の『黒いカーテン』あたりから連想した修辞だったのか?

 真相は、前述の通り、80年代以降のネオエンターテイメントの時代をくぐった今となっては、あえてSFだと言わんでもいいのでは? 程度のエスエフだが、そこにいくまでのミステリ的な道筋はそこそこ面白いし(単調といえば単調なんだけど)、事件そのものが片付いたあと、主人公の前にもうひとつ試練のドラマが用意され、そこにきちんとした決着がなされる綺麗な作りはエンターテインメントとして快い。キングやクーンツのエピローグでもう一押しするタイプの作品、ああいったものの先駆的な心地よさは感じた。

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