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ミステリの祭典

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狂った海

作家 新章文子
出版日1964年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2019/08/29 03:26登録)
(ネタバレなし)
 全四編の中短編集。ページ数は本文の最後までで全261ページ。
 奥付の表記は昭和39年5月20日刊行。全書判のハードカバーで、定価は350円。
 
 このところ積極的に読むようにしている新章文子だが、今回もとても面白かった。

 以下、簡単に各編のあらすじと感想&コメント。

①『狂った海』(約40ページ)
<あらすじ>年下のヒモ男・吉野を自宅のアパートに同棲させている30代の司書の多美子は、双生児の妹・登美子から招待状をもらう。登美子は先に繊維会社の社長夫人となり、夫の死後に莫大な遺産を継承してホテルを開業したのだ。吉野は多美子にくっついて先方に赴き、金持ちの登美子を自分の女にして、邪魔な多美子を消す算段を考えるが……。
<感想&コメント>男女の三~四角関係を主題にしたクライムストーリー。流れるような好テンポで物語が進み、終盤の二転三転の展開も鮮やか。ラストはナンとか強引に、逃げられそうな気もしないでもないが?

②『殺人手帳』(約85ページ)
<あらすじ>スキャンダルを暴かれて自殺に追い込まれた女優・千草陽子。陽子の息子の砂上時雄は親譲りの容姿に自負を持ち、芸能界での成功を目論むが、現実はそう甘くなかった。時雄は自分を軽視した映画会社の企画部長ほか、遺恨のある人間の殺人計画を立て、実際に二人まで実行するが、そこでその計画メモを記した手帳を紛失してしまう。
<感想&コメント>本書中で一番長い作品で、人間関係も相応に縦横に絡み合う。時雄の向き合う人間関係の変化と、誰が手帳を拾ったかのフーダニット的な興味、さらに後半の予想外の展開でいっきに読ませる。「誰が最後に笑うか」パターンの話でもあるが、ラストはちょっと決まりそこねた感もあり。

③『乱れた絵具(本文の扉では「~繪具」標記)』(約30ページ)
<あらすじ>中学二年生の「私」は、本妻がいる映画監督の志村禎三が女中に生ませた娘。だが母が死んだので、志村家に養女とは名ばかりの女中として引き取られる。志村家には、志村の亡き妻が、前の夫との間に生んだ子供で連れ子の大学生・和彦、そして志村の若い後妻の有子がいて……。
<感想&コメント>本書中いちばん短い作品だが、その分の密度感はかなり高い上質のサスペンス&クライムストーリー。終盤のどんでん返しの連続もパワフルで、ラストの切れ味はかなりのもの。垢抜けた当時の翻訳ミステリ短編的なハイセンスを感じる。

④『殺意の影』(約80ページ)
「私」こと23歳の滝野よう子は親一人子一人の父親を轢き逃げされ、篤志家の50過ぎの喫茶店のママの養女となる。ママは我が儘だが、優しい面もあった。そんななか、よう子は店の常連の40歳の小説家・竹上富士雄になりゆきから処女を奪われ、その後も肉体関係を続けていたが、ある日、その竹上が服毒した状態で死んでいた。
<感想&コメント>②に準じる長さだが、人間関係の錯綜が徐々に広がっていく事件の裾野と、終盤の反転の繰り返しに繋がっていくあたりは、強烈な読み応えがある。途中、事件の底が割れた際には悪い意味で世界観が狭いような気もしたが、最後まで読むとそんな疑念はほぼ払拭される。巻き込まれ型サスペンスとフーダニットの興味をあわせもった秀作。ラストの余韻もよい。

 全四編、どれも面白かった。昭和カラーは強いからそのまま黙って復刻、という訳にはいかないが、こないだの山前さんの監修の短編集のように<幻の名作を発掘した、昭和の傑作短編ミステリ集>とかなんとかいう謳い文句などを強く押し出して文庫化などすれば、21世紀の現在でもそれなりの数のミステリファンの支持を得られるのではないか。
 あちらこちらの出版社から、新章文子の発掘短編集が出るような日が来たら、この世の春なんだけどな。

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