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ミステリの祭典

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ザ・スカーフ

作家 ロバート・ブロック
出版日2005年10月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/08/24 16:41登録)
「おれ」こと、小説家志望の青年、ダニエル(ダン)・モーリー。彼は高校生時代に、母親ほども年の違うオールドミスの教師ミス・フレーザーに肉体関係に引きずり込まれ、さらに先方から無理心中寸前の事態にまで追い込まれた。それを機に女性に対して憧憬や愛情と同時に複雑な感情を抱くようになったダニエル。彼はついに、28歳の時に青春時代の思い出がこもるスカーフで、自分に金銭的に支援してくれた情人レナ・コールマンを絞殺してしまう。殺害現場のミネアポリスからシカゴへと逃れたダニエルは己の心の昏い衝動を押し包みながら、作家としての精進を図るが、それと前後して彼の前に現れたのは、美貌のモデル、ヘーゼル・ハリーだった。

 1947年のアメリカ作品。ロバート・ブロックの処女長編。
 主人公は内面に殺人衝動という心の闇を抱えた青年だが、同時に間断的にその殺意が浮上する時以外は、きわめて当たり前のどこにでもいる若者として描かれる。
 コーネル・ウールリッチのダークサスペンス路線の作品から少しずつリリシズムをそぎ落としていけば、いつかこんな程度の、適度に乾いた&適度に湿った作風のものに、行き当たるんじゃないかという感じ。
 それゆえストーリーの随所で読者の共感を呼び込む心情吐露を語りながら、すでに物語の序盤で一線を越えてしまった主人公のポジションが悲しい。
 先にウールリッチほどは叙情的ではないという趣旨のことを書いたが、それでもこれは許されざる一線を踏み越えてしまい、その後もある意味で悲しい執着(殺人衝動)にとりつかれた、実は我々読者ともそんなに大きくは違わない、どこにでもいそうな平凡な人間のドラマというか一種の青春小説でもある。

 他の50年代作家(ブラッドベリやダールやコリアやマシスンやフィニイほか)などと比べ、どこか作品総体に泥臭さのつきまとう感じもあるブロックだが、これは予想以上にスムーズにテンポよく読ませる。主人公ダニエルの向かう舞台もシカゴからニューヨーク、さらにハリウッドへと作家としての躍進と同時に転じていくが、その局面局面でイベントやツイストを設けて、読者のテンションを落とさない手際もなかなか。

 なお大事な事として、本作には殺人者となってしまった、しかし物書きであることを忘れない主人公ダニエルに、若き日のブロックが自分自身を託した私小説的な趣もあり、その辺から読み込んでいっても面白い。ダニエルがハリウッドで、長年の当地での仕事のなかで才能を使い果たしてしまったベテラン脚本家と出会い、薫陶めいたものを受ける辺りも妙に心に残る。
 終盤の映画的、ノワール的な展開も、二重三重の皮肉を効かせた文芸にまみれて鮮烈で、ラストの余韻も印象深い。

 大筋のプロット的にはそんなに曲がある話ではないが、あとあとこの切なさを折に触れて思い返す作品になるかもしれない。若き日のこの作者のこの作品ということで。 

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