群青 |
---|
作家 | 河野典生 |
---|---|
出版日 | 2016年03月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | |
(2019/08/19 16:31登録) (ネタバレなし) 1960年代。少年・山地公夫は母と死別し、傷痍軍人の父親・哲春と二人暮らしだった。だが警備員だと自称していた哲春が実は傷痍兵として路上で物乞いをしている事実を知って心を痛め、非行の道に入る。やがて公夫が少年院に収監されている間、哲春は交通事故で死亡した。釈放後の現在は、保護司の高校教師・沖竜彦の監督を受けながら、小型オイルタンカー上で作業員としてまじめに働く17歳の公夫だが、そんな彼は以前に自分が処女を奪った少女・岡田ミチ子に再会。公夫が彼女に抱く罪悪感と思慕の念はミチ子に伝わるが、そのミチ子は「ゆり子」の名で赤線の娼婦まがいの生活を送っていた。そんな中、ゆり子=ミチ子にしつこくつきまとい暴力をふるう土建屋の中年・森戸辰治に重傷を負わせた公夫だが、なぜかその森戸の体は諍いの現場から消失した。代って翌日、公夫が見たのは、ミチ子の無惨な死体であった。森戸の死を確信し、いずれ捜査の手が自分に伸びると考えた公夫は、その前に自分自身の手でミチ子を殺した犯人を捜し出そうとするが。 河野典生の初期長編のひとつ(第●長編とか明確な書き方ができるほどの素養が現在ない。いずれ判明したら書き直します)。元版は早川書房から国産作家の書下ろし叢書「日本ミステリー・シリーズ」の一冊(第8回配本)として1963年に刊行された。評者は今回、書庫にウン十年眠っていた角川文庫版で読了。 戦後の影がしみこんだ、油臭い昭和期のヒーロー不在のハードボイルドだが、主人公の設定やキャラクター造形もあって、いまこの設定で書いたらむしろ青春ミステリのカテゴリーに入れられるだろう。 作者らしい独特の文芸味は如実に伺える。特に、ミチ子と夜の波頭を歩く公夫が空気銃に撃たれて息絶え絶えの伝書鳩を拾うが手の中で死なれて海に投げ込み、さらにミチ子の手についた鳩の血を拭ったハンカチも放ると、その二つの白い物体が暗い闇の波間に並ぶように浮かぶシーンなど、鮮やかに美しい。森戸を殺してしまったと思う公夫の悪夢が、部屋の中を埋め尽くす鳩のイメージで描かれるのも作者の執着を読者に印象づける。 終盤、次第に窮地に追い込まれて明日を狭めていく公夫に、30年間無事故で通してきたと初老の孫のいるタクシー運転手が無心で語りかける場面の残酷さなども良い。 被害者であるミチ子に勝手な薄幸少女のイメージを押しつけて、あんな薄汚れた短い人生にも純情はあったんだよとおのれの憐憫に酔う「正義漢」の若手刑事へのきびしい視点なども冴えている。 なお中島河太郎などは本作を「推理小説事典」の河野典生の項目の中で、「偶然に依存した嫌いはあるが」とも評しており、実際にその通りではあろうが、終盤に浮上してくる某キーパーソンの存在感はそんなこの作品の弱点をあえて退けるほどに強烈で、「(中略)ごっこ」をしたいという(中略)性は、まるで絶頂期のロス・マクドナルドではないか、とも実感した。 1960年代の国産ミステリの中ですでにこの文芸を実作化していたというのは、さすが定評の躍進期の河野典生という感じである(評者なんかはまだそんなに冊数読んでないけれどね~読み方もバラバラだし)。 文芸ドラマをあえてミステリの領域に恣意的に近づけた分だけ、後半の展開にいびつさが生じてしまった感じもしないでもないのだが、そこもまた本作の味という思い。 作家性と時代と、さらには作者自身が周囲から得た多様な素養が一瞬の場の中で、劇的に混ざり合った秀作。読むならこれこそ夏に、の一冊だなあ。 |