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ミステリの祭典

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作家 日影丈吉
出版日1992年04月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点
(2019/08/25 01:30登録)
 日影丈吉最晩年の短編集。一九八七年八月号~一九九一年十月号まで、雑誌「ミステリマガジン」にポツポツと掲載された幻想作品を中心にして編まれたもの。死後も律儀に投票所に通う男の話「墓碣市民」から遺作となった「極限の吸血鬼」までの7編に未刊行初期短篇2編を加え、作家としての日影の覚え書きとも言える〈三冊の日記帳〉を掉尾に置いています。
 現実と幻想世界の境界に立つ登場人物が、ふと異界を覗き見ながら深くは踏み込まず感情もさほど差し挟まず、踵を返してまたとぼとぼと日常生活の中に戻っていくといったものが主体。水木しげる世界というかある種の諸星大二郎作品風というか。何度も道のまんなかに現れるシェパードが、奇妙に昔風の印象を残した洋食屋に作者を案内しようとする「冥府の犬」と、山田正紀の「妖鳥(ハルピュイア)」に影響を与えたと思われる表題作が良い感じ。
 特に病院を舞台に据えた「鳩」がラストに見せる鮮烈なイメージは出色で、この短篇の発表時作者はなんと満83歳。この年齢の作家が脂の乗った数世代のちの作家を現在進行形でインスパイアするというのは、まったくもってタダゴトではありません。これが心不全により東京町田の自宅で逝去する三ヶ月前の話で、次の「極限の吸血鬼」発表の同月にお亡くなりになってますから、横溝正史同様死ぬまで一作家であり続けた人だと言えるでしょう。幻想文学の書き手は夭折者が多く、ここまで息の長い創作家の存在は異例です。
 一九八九年には白水社刊行の『泥汽車』で、満場一致の上第十八回泉鏡花賞受賞。この時満81歳。坂口安吾といっしょに同人誌を作ってたという作者らしく、同席者も含めてなんかジジイばっかの授賞式だったみたいですが。この妖怪のようなしぶとさは、若年時から老荘思想に親しんできた事にもあるようです。
 その辺りの創作のアヤが感じられるのが巻末の〈三冊の日記帳〉。早川書房の先行作品集『夢の播種』収載短篇「旅愁」の原型と思われる悪夢が語られるなど、無視してよい内容ではありません。死の影が強く射す幼年期の自伝「硝子の章」と併せ滋味も深く、個人的に読み応えがありました。解説によると『泥汽車』もかなり良さそうなので、そのうち読んでみたいと思います。点数は敬意を表して1点おまけ。

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