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ミステリの祭典

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朝はもう来ない

作家 新章文子
出版日1961年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/08/08 12:39登録)
(ネタバレなし)
 昭和30年代半ば。その年の冬。小学校高学年の男子・相良民夫は、洋裁の内職で生活費を稼ぐ母、美代子と二人暮らしだった。そんな中、美代子が子宮ガンと発覚。早期の手術なら効果があるという事で手術費を工面するため、美代子は6年もの間、自分の愛人だった洋品店の主人・宮島万吾のもとに借金の依頼に行く。だがケチな宮島は病身の美代子をすでに見切り、別の愛人の貞子といい仲だったので、金を貸すのを渋った。そんな薄情な宮島に対し、美代子は借金に応じなければ、彼のある秘めた悪事をバラすことを暗示した。一方、近隣に住むバーのホステスで中古アパートの大家でもある37歳の冬子は、脚本家で大成すると言いながら競馬狂いの日々の情人・辰中福郎への愛憎の念を拗らせていた。冬子の友人でミステリファンでもある貞子は、先に読んだ作品から思いつき、宮島と冬子、それぞれに邪魔な相手を始末するべく、交換殺人をすればいいのだと提案するが……。
 
 新章文子の第三長編。文庫にもなっていない稀覯本なので借りて読んだが、中身は昭和の庶民の場を舞台にしたサスペンス劇&クライムストーリーという感じでなかなか面白かった。牛乳配達をしてお金を貯め、欲しいテレビを買う足しにしようと思っていた少年・民夫が病気になった母のため貯金をとり崩し、ついには母の手術代を得ようと、近所の青年でギャンブル好きの青年・武一に誘われて残った貯金を競馬につぎ込む。そんな民夫のエピソードが作品の主軸の一つとして語られる傍ら、大人達の思惑もそれぞれの局面に向かって進んでいく。
 通常の意味での推理小説要素は薄いが、二転三転するストーリーテリングは絶妙。薄暗く湿った話ではあるが、交換殺人を約束した宮島と冬子が、お互いに裏切ったら100万円払うと(といいつつ宮島の方には、実際に払えもしない)念書を取り交わすくだりなど、妙なドライユーモアの趣で笑わせる。
(一体、殺人の約束の履行不履行を質す念書に、いかほどの公認性と拘束力があるのか!?)

 さらに登場人物には鮮烈な多彩感が与えられ、特に、ケチで酷薄な親父・宮島の実の娘ながら、秀才で情に厚く、自分の父の愛人の息子・民夫に出会い、本当の弟のように面倒を見る高校三年生の杉子(四人姉妹の次女)など、物語に厚みを与えるとてもいいサブキャラクターだった。
 ある意味では、読者に対して「安易に人間を見放すニヒリズムにもペシミズムにも陥るな」と釘をさす役割の女子キャラクターでもある。そういう視点を持ち込むあたり、やはり新章文子は小説作りがうまい。

 終盤の怒濤のような展開、ラストの余韻までふくめて、鮮烈な印象を残す佳作~秀作。ただ、読んで良かったと思う作品ながら、手放しで7点をつけたくない部分がどこかにあって、あえてこの評点で。
 Webを見渡すと、新章文子のファンで、その上でこの作品が一番スキ、と言っている人もいるらしいことを付記しておく。

 なお作中でミステリ好きという貞子が読んだ交換殺人ものって、この時点(本書の書籍版は1961年に刊行)なら一冊しかないよね? 
 ブラウンの『交換殺人』は1963年の邦訳。ハイスミスの『見知らぬ乗客』の原作の邦訳は1970年代に入ってからなので。当然、ブレイクの『血ぬられた報酬』 (ポケミス版が1960年に刊行) ということになる。さりげなくその辺り(ポケミスで、ブレイクのノンシリーズ編)に手を出していたのだとしたら、なかなか通だったような(笑)。

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