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ミステリの祭典

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人質はロンドン!

作家 ジェフリー・ハウスホールド
出版日1981年05月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2019/08/01 20:47登録)
(ネタバレなし)
 その年の6月上旬の英国。「私」こと左翼運動家のジュリアン・デスパードは先の都市ゲリラとしての活動の果てに当局から追われ、現在は所属する革命集団「マグマ」の支援を受けて新しい名前と顔、そして身分をもらって日々を送っていた。だがそんなデスパードは、くだんの組織マグマの幹部連が小型原爆をロンドン市街に仕掛けて英国政府を脅迫し、しかもかなりの確率で無辜の数千数万の市民を巻き込んだ核爆発も辞さない方針なのを知った。大量殺人を看過できないデスパードはマグマの中核メンバー、そして警察の目を躱しながら、原爆設置作戦に肉迫。わずかな協力者とともに爆破作戦の阻止にかかるが、事態は刻一刻と逆境に向かって突き進んでいった。

 1977年の英国作品。日本では四冊(以上)の長編が邦訳されているハウスホールドの作品を評者が読むのはこれが初めて。
 物語は6月2日を振り出しにクライマックスまでの数ヶ月に及ぶデスパードの手記の形式で語られる。
 そもそも強行的な左翼活動家である主人公デスパードは決して清廉潔白でもないし、無辜な人物でもなく、どうしてもやむを得ない作戦の際には、罪悪感に駆られながら周辺の人間の命を奪うこともある。この辺は(キャラクターの文芸ポジションは違うものの)時と場合においては非情にならざるを得ない英国スパイの系譜を思わせる。
 しかし一方でそんなデスパードの心の奥には、かつてマグマが市街地に爆破物を仕掛ける作戦を行った際に、爆発に巻き込まれ掛けた市民を守ろうとして我が身を投げ出した、年少の過激派仲間グレインジャー青年の思い出があった(その爆弾設置の作戦自体あくまでブラフだったのだが、想定外の事態から状況が悪い方に流れた)。そしてそんな若者グレインジャーがかつて死に際に見せた勇気と良心(もちろん理由はどうあれテロは許されざる事なのだが、それでもその当人個人としての)がデスパードの心をいまも捉えて、彼の内なる罪悪感と劣等感に転化。今回、自分がここで逃げるわけにはいけない、という心の原動となって、核爆発作戦を阻止する闘いに彼を駆り立てる。

 ……いや、いいわ、この設定。もう少し遅く翻訳されていたら、「小説推理」の連載月評で北上次郎あたりが大喜びしたような文芸じゃないだろーか(笑)。
 しかしながらそういうデスパードの行動の核となるメンタルな部分は不要にベタベタした叙述にせず、あくまで絞り込んで抑えて小説化。全体の物語はかなりドライな筆致でぐいぐい読ませていく。この辺の抑制が効いた本文が醸し出すクールな質感がとても良い。
 今回もやむなき場合は、もともとの仲間マグマ側の刺客を殺さざるを得ないデスパードだが、その辺の場面でも彼の内的な葛藤を必要充分最低限にちゃんと抑えながら、実に乾燥した筆致で流すように語っていく。文体としてのハードボイルド感覚が作品を全体にわたって引き締めている。
 良くも悪くも人間臭いサブキャラクターたちの造形もひとりひとり丁寧で、物語の起伏も悪くないし、クロージングの余韻も印象深い。

 英国流スリラーの王道的な感興が満喫できる秀作。ハウスホールドの他の作品も期待できそうである。 

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