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ミステリの祭典

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四つの聖痕

作家 中村正䡄
出版日1993年08月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2019/07/29 23:53登録)
 環境問題専門のフリーランス・リポーター名取新吾は、新川崎・横浜間の電車内で、金髪の少女から自分のサインの書かれたカセットケースを渡された。プラケースの背景には彼の顔写真が。それはさきごろシドニーで開催された〈豪日観光人会議〉年次総会のプログラムだった。なぜ、あのときにサインしたプログラムが、この少女の手にあるのか?
 ケースを彼に差し出した後、少女は母親くらいな年齢の女と向き合って立っている。名取は、彼女らを身じろぎもせず見つめる、黒いコートを着込んだ白人の存在に気付く。探ったテープの中に入っていた名刺大のメモ紙には、10桁の電話番号が記されていた。誰かが彼に接触しようとしているらしい。
 名取は奇妙な出来事の発端となったシドニー旅行と、唯一つの手掛かり『完全なる砂』を得た時のことを、脳裏に蘇らせるのだった――
 平成二年から平成五年にかけて雑誌「オール讀物」に掲載された中編を収録した、作者の第一短編集。〈世界の原罪〉をテーマに、枯葉剤「エージェント・オレンジ」によるダイオキシン汚染を扱った「完全なる砂」から、壁の成立と共に隠され、壁の崩壊を機に二十九年の歳月を経て解決する殺人事件を扱う「ベルリン舞曲〈ポロネーズ〉」まで全四編収録。
 巻頭作はベトナム戦争に絡みオーストラリアの高級軍人グループ「アンザス・クラブ」が仕組んだ国際陰謀と、戦争犯罪を告発しようとする陸軍少尉、ユリウス・スタンレイとの対決を描いた謀略もの。軽快ですが、より出来が良いのは次の作品。
 ユーゴ紛争中の少年群像を描いた「真冬の子供たち」。半ば廃墟と化した部分停戦中の町並みの中で、それでも逞しく生き抜く子供たちの姿と、戦時生活がもたらす悲惨さが焦点となります。キャラも良く捻りもあって、この中編が心に残る佳作でしたね。
 次点はトリの「ベルリン舞曲(ポロネーズ)」。頭部に大怪我を負い東から西の病院に運び込まれ、子供時代の記憶を全て失った天才ピアニスト、ヤン・ポルシュラックが、再び記憶を取り戻そうとベルリンを訪れるや元親友ヴィリー・レーマンの使いと名乗る男が現れ、さらに旧東独警察シュタージの構成員が秘密裏に動き出すというもの。これも子供の描写が生きてます。例によって硬質な文体ですが、この作家、全体に少年の扱いが上手いのが結構意外。本集ではこの児童主体の2作が良質です。
 これらに比べると、来豪中の英国王室チャールズ皇太子に先住民アボリジニが公的言及を迫る「謝罪」は、色々と派手な割にたいしたことなかったかな。文春の作品紹介ではこれが一番大きかったけども。

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