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ミステリの祭典

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贋学生

作家 島尾敏雄
出版日1950年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 クリスティ再読
(2019/07/21 22:24登録)
島尾敏雄と言うと、夢を題材にした短編が幻想文学では大変重要な作品になるのだけども、エンタメとは呼び難いので本サイトで取り上げるには躊躇する。けど、唯一の長編小説である本作は、ギリギリ守備範囲だろう。取り上げる。
戦時下の九大の学生である主人公は、戦争の成り行きと自身に待つ運命の予感に怯えながらも、奇妙なモラトリアムの時間を過ごしていた。そんな中、医学部の学生を名乗る木乃伊之吉という男と知り合い、木乃の誘いで、同じ文学部の学生の毛利と共に雲仙長崎を旅行する。この旅行をきっかけに主人公は名家の坊っちゃんを自称する木乃との交流が生まれるのだが、主人公の妹に木乃の従兄弟にあたる医者との縁談話を持ってきたり、木乃の妹が宝塚のスターの砂丘ルナで、彼女と主人公の仲を取り持とうとする....が、どの話も偶然邪魔が入って中絶する。主人公は最初から木乃のことを女形めいた「紫のかげ」とうさん臭く思っていたのだが、魅入られたように木乃に引き回されてしまう....果たして木乃の正体と、主人公に寄せる好意の真実は?
という話。病的な嘘つきの巻き起こす騒動を扱った夢野久作の「少女地獄~何んでも無い」がオッケーなら本作もオッケーだろう。タイトルがバラしてるから仕方ないのだが、実在の医学部学生の木乃とは別に、主人公につきまとう木乃は逃亡中のお尋ね者の贋学生らしいのだ。主人公につきまとった理由は不明だが、男色的な興味と取れる振る舞いもあった...とはなはだ曖昧なことしかわからない。木乃が取り持つ話がいつもいつも、いつしか事故に遭って途絶するさまが、何か悪夢のようである。ブニュエルっぽいな。ここらへんで島尾の夢小説に似た肌触りを感じることもある。
まあ筋を要約しようと思えば上記のようにできる小説なんだけども、これがホントにあったことなのか、主人公が無意識的な悪意で解釈した妄想なのか、どっちにせよ奇妙に収まりが悪く、なんとも納得のいかない不条理味が持ち味。「奇妙な味」といえば本当にその通りの小説。島尾敏雄は純文学系の人だけど、本作だと純文学かどうかも、かなり怪しい。分類不能な面白さである。

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