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ミステリの祭典

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北京の星

作家 伴野朗
出版日1989年11月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点
(2019/08/06 11:12登録)
 いまだベトナム戦争の続く1971年、北京の中枢権力機構「中南海」は激動のさなかにあった。米軍のラオス侵攻をよそに、北ベトナム軍の後押しをする中ソの対立は激化。文化大革命の混乱は最高潮に達し、毛沢東夫人・江青を筆頭とする『四人組』が台頭。副主席であり人民軍を掌握する林彪は彼らと組み、虎視眈々と毛沢東後の最高指導者の地位を狙っている。そんな中、毛沢東本人が脳血栓により倒れたのだ。
 彼の長年の盟友で今や中国にとってかけがえのない存在となった周恩来は、前立線ガンの身を推して人民の未来のため、百年の計のために乾坤一擲の大勝負に出る。南北ベトナムを挟んで戦争状態にあるアメリカと和解し、彼らの進んだ技術力を取り込んで、文革で荒廃した中国を再生させるのだ。だがそれは、第二次大戦中からアメリカと組んできた台湾には、到底受け入れられない事だった。
 国際政治の裏側で過熱する暗闘。その余波は香港にも届いてきた。中央新聞香港支局長・仁志広は、北京で国外退去命令を受けた特派員・秋尾栄一を出迎える。どうやら特大のスクープを握ったらしい秋尾は、探りを入れる仁志に〈第三次国共合作〉というヒントを残しただけで、湾仔(ワンチャイ)の安宿の浴槽のなかで自殺を遂げる。左利きの彼が、わざわざ左手首を切るだろうか? 十万ドルのネタを握っていた男が? 秋尾は何者かに消されたのだ。
 仁志は遺品を引き取り、彼の所持していた中国煙草「牡丹」の巻き紙の中に、書かれた文字を知る。ただ一文字―― 醋、と。そして仁志から秋尾のスクープを得る為、「周恩来の使者」と名乗るフリーライター・長瀬美加が接触してきた。だが彼ら二人は既に、林彪の香港工作部隊を指揮する殺し屋『羅刹女』の監視を受けていたのだった・・・
 1971年、ニクソンの「密使」大統領補佐官ヘンリー・キッシンジャーの極秘訪中を巡る、国際抗争の裏面史を描いた謀略もの。「北京の星」とは周恩来その人のこと。長瀬美加は『羅刹女』に拉致された後、水死体となって発見。彼女と情を通じた仁志は復讐に燃え、美加の組織と台湾情報機関の副局長・楊徳順の助けを借りて上海に潜入。文革の嵐が吹き荒れる中国本土で冒険を繰り広げます。
 『羅刹女』の正体はバレバレなものの、「醋」の謎はそこそこ。仁志を取り込みつつ平然と捨石にする、諜報組織の非情さも良い感じ。大詰めのパキスタン・イスラマバード近郊でのテロ阻止は、目標のキッシンジャーが中国へフライトした後なので、やや拍子抜け気味ですが。
 3年の上海赴任を終えた作者が〈6.4天安門事件〉の報に接し、その遠因を追求しようとしたもの。天安門の原因となった、若き日の趙紫陽も登場します。朝日新聞を退社し作家業一本になる前の作品で、1989年発表。その史料価値も含めて、点数は5.5点。

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