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ミステリの祭典

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霧の密約

作家 伴野朗
出版日1995年09月
平均点4.00点
書評数1人

No.1 4点
(2019/07/15 10:43登録)
 一九〇一年十月のロンドン、バッキンガム宮殿脇のセイント・ジェームズ公園で、日英同盟締結の外交交渉にあたっていた日本の全権公使・林董(はやしただす)が犬の散歩中に狙撃されるが、銃声を聞きつけたスコットランド・ヤード刑事局刑事ピーター・フラナガンによって犯人は射殺され、事なきを得る。男はポーランドのアナーキスト組織"ワルシャワのバラ"のメンバーで、極東問題へのイギリスの介入を恐れるロシア政府に雇われたのだった。英国政府はすぐさま大使館に釘を刺し、ロシア側の動きを封じる。
 暗殺の失敗を知ったロシアの秘密警察〈オフラーナ〉はイギリスとの揉め事を避けるため、第三国に依頼し公使の抹殺を遂げようとする。彼らが白羽の矢を立てたのは直隷総督代理となったばかりの清朝の実力者・袁世凱。袁はロシア側の要請を呑み、最高の刺客をロンドンに送り込んできた。彼の名は暗号名「朱雀」。京劇の女形出身の、美貌の青年だった。
 変装術を得意とする「朱雀」と、公使暗殺を阻止せんとするスコットランド・ヤード、それに林の遠縁で、南派少林寺拳の名手・黄飛鴻から必殺技『鷹翼功』を伝授された日本人書生・織部啓介。日露戦争直前のロンドンを舞台に、虚々実々の戦いが始まる――
 1994年8月24日~1995年7月10日まで、257回にわたって朝日新聞夕刊に連載され、加筆訂正を施して刊行されたもの。単行本「あとがき」にあるように本格的な初の新聞連載で、全力投球とはいうものの、初期に比べて出来はかなり劣ります。
 設定的にはかなりワクワクさせるのですが、物語の密度が低い。イギリス人宣教師と四川省「川劇」の名女優との間に生まれ、京劇『楊宣娘』の口笛を吹くのが癖という美青年「朱雀」のキャラは立っているのですが、肝心のストーリーの合間合間に頻繁に薀蓄が挟まれ、流れが寸断されてしまっています。これまでの書き下ろし作品と違って先が見通せなかった為でしょうか。熱意の割にあまり成功はしていません。校正の段階で、もっとスリムにすべきでしょう。
 指紋捜査が普及する前の段階で、「朱雀」に対するスコットランド・ヤード特捜班"スペシャル・ブランチ"側の描写を濃密にすることもできず、大枠は「ジャッカルの日」なれどホームズ物やルパンに近い活劇風の展開。ロンドン留学中の夏目漱石(金之助)がかなり深く捜査に関わってくるなどの工夫はありますが、それでも物足りない。「朱雀」と啓介との決着がアッサリし過ぎているのも不満。ある意味潔くはありますが。
 分厚い見た目で期待した割にたいしたことなかったです。ちょっと旬も過ぎた感じですね。

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