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ミステリの祭典

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青い闇の記録

作家 畑正憲
出版日1973年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/07/12 15:22登録)
(ネタバレなし)
 高度成長時代の昭和期。知床の自然林の中で五人の大学生が羆に襲われて、三人が死亡。一人が行方不明になり、残る一人・尾崎則雄のみが生還した。則雄の恋人で、行方不明の若者・江間昭良(あきら)の妹の信子は、高校卒業後3年間勤めていた玩具会社を退社し、自ら北海道に兄の捜索に向かう。そんな信子は、利潤目当ての開発に反対する民間組織「知市連」こと「知床の自然を守る市民連合」のメンバーと接触。羆が本来は臆病な動物で、今回の惨劇の背後には何か事情があった可能性を聞かされる。知市連は今回の惨事を記録に残して教訓を得ようと、道内外の関係者の述懐を募った文集を作成するが、なぜか肝心の生き残りである則雄の筆は<ある部分>において重かった。そんな中、昭良では? と思われる焼死体が、知市連のメンバーの所有する家屋内から見つかり……。

「サンデー毎日」の1972年9月10日号から翌年7月29日号にかけて連載された長編作品。
 かつてミステリ雑誌「幻影城」で、各大学ミステリの研究会がそれぞれのサークル毎のオールタイム国内ベスト10を提示する連載コラムが一時期あったが、その際にどっかの大学が、本作をベストテン枠のひとつに入れていたのを近年、改めて意識した。それでこちらも気になって、数年前からその内読もうと思っていた一作である。

 読む前はなんとなく<闇の中を徘徊する謎の殺人者の正体は? ……人間じゃない、ヒグマだー!>パターンのスリラー作品(別の作家の某長編ミステリのような)ものかと思っていたが、物語の1ページ目からこの作品の主題として、いきなりちゃんと羆が出てくる。そういう意味ではきちんとカードを晒しながら、その上ではたしてこの惨劇の奥に犯罪といえる実態は? 何か人間の負の思惟はあったのか? に焦点を少しずつ絞り込んでいく作劇。
 うん、ムツゴロウ先生、人間文明の闇の部分も、人間と自然動物の距離感も語りたいだけ語りながら、その上でまっとうなミステリに仕立ててあるのは、ご立派。
 まあかなりの大部の作品で、その紙幅の全部がミステリの要素に奉仕しているわけでは決してないが、さすがに大作家だけあって文章は平明。登場人物にも時にやさしく、しかしそれ以上に随時きびしく容赦なく役割を与えて、最後まで一気に読ませる。
 ヒロインの逞しさも、大半の登場人物の雑草みたいなしぶとさ(それこそ単純に善とも悪とも、好人物とも嫌なヤツとも割り切れない連中がほとんど)も、カメラアイみたいな醒めた叙述で書き紡いでいく感覚はなかなか……。
 まあたまには、こういうのもいいですな。

 ちなみに題名の意味は作品の後半で、動物学を学ぶ大学生・菊川京太が語る、地球上の動物たちの進化の流れにおいて、原初的に生き物たちの本能に宿っているある種の記憶の場のこと。

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