レベッカの誇り |
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作家 | ドナルド・M・ダグラス |
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出版日 | 1979年11月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | |
(2019/07/12 14:04登録) (ネタバレなし) 1950年代。カリブ海のリーウォード諸島。その年の1月末から2月初頭にかけて、アメリカ政財界の大物である白人の実業家フォーダイス・ウェールズが同地で失踪。やがて黒焦げになった焼死体が見つかる。若き日に現地との縁故ができたウェールズは、この島のかつての大地主だが、今は権勢と財力を弱めた女丈夫の白人、未亡人レイチェル・フォン・スホークから、フォン・スホーク家の代々の象徴であった大邸宅「レベッカのプライド」を買い取った過去の経緯があった。それでなお島の有力者であるレイチェルとその家族は島の新勢力となったウェールズと表面上は友人づきあいをしていたが、一家の内心には複雑な思いが渦巻いていた。そんな中、「私」こと、フォン・スホーク家と幼少時から家族同様の付き合いをしていた黒人で、今は島の警察長官となったポリーヴァー・マンチェニルは、警察官としての公正な職務に準じながら、同時に可能な限りに恩義あるレイチェルとその家族のために尽力しようとする。だが、フォン・スホーク家の面々と事件の捜査陣はそれぞれの思いで行動し、そんな中から意外な事実が次々と浮かび上がってくる。 1956年のアメリカ作品。同年度のMWA新人賞を受賞した長編で、作者ドナルド・M・ダグラスは本邦ではこれが唯一の翻訳。1950年代から創作を開始したが、著作の数はそう多くないまま文壇を去ったらしい旨の記述が、本書巻末の実に丁寧な訳者あとがき(解説)にある。 あらすじを一読願えば歴然のように、デュ・モーリアの『レベッカ』とは何の関係もない題名で、その意味は物語の主要人物となるフォン・スホーク家のかつての屋敷の呼称に由来する。 財政的な事情から成り上がり者に先祖伝来の屋敷を譲らざるを得なかった地主の苦渋と、その周辺で起こる殺人劇? といえばクリスティーの『死者のあやまち』(またはその原型作品『ポアロとグリーンショアの阿房宮』)だが、本作の方では金持ちウェールズの方からも旧家フォン・スホーク家にさらなるある重大なアプローチを現在形でしており、人間関係の錯綜ぶりと情念の交錯の点では負けていない。ウェールズが大物だけにアメリカ本土からも多数の政府関係者や捜査官が来訪し、島が相応の喧噪で包まれるのも本書の厚みを増す部分だ。主要人物の要の未亡人レイチェル自身が清濁あわせた(それでも全体としてみるなら人間的な魅力のある)人物として描かれる一方、その子女や嫁なども個々のキャラクターを発揮し、かなり多数の登場人物を配しながらその書き分けはすこぶる鮮やかではある(本書の巻頭に、とても丁寧な人物紹介があるのはありがたい)。 その上でとりわけ重要なのは、主人公=「私」のマンチェニルのポジションで、彼の実母はレイチェルの息子たちの乳母でもあったことから人種を越えた兄弟のように育った反面、地主の息子と使用人の息子という主従関係を意識する面も当然あり、これがそのまま1950年代当時のカリブ諸島の視点での人種問題の投影であり、集約にもなっている。つまり黒人はもう奴隷じゃないよ、白人と同等だよ、と建前的に唱え、実際に時代もそのように推移しながら、それでも……の部分が特に色濃く残る物語世界だ。そんな枠の中で、(フォン・スホーク家の後援もあり)主人公マンチェルはかなり高い教育を受けて、捜査官としても大成(現在51歳)したのだが、それだけに多重的なまなざしをもって事態を見つめ、物語の中の謎と真相に切り込んでいく。 謎解きミステリとしては、起伏豊かな群像劇の中から終盤に意外な真相が覗いてくる流れで、日本で言う社会派的な部分もあるエキゾチック作品かと思いきや、予想以上にまっとうな推理小説になっているのが嬉しかった。クライマックスの派手な展開も外連味に富んでいていい。 (ちなみに、ずっとのちの、同じ(中略)作品に、本作とよく似たアイデアを核とした長編ミステリが登場しているが、実は「あっち」は、本作の影響を受けていたのだろうか)。 なおこの作品を最後に引き締めたのは余韻のあるエピローグで、そのなんともいえない文芸味……。これこそが作家の、作品の誇る個性の輝きということであろう。ずっと印象に残りそうなラストであった。 最後に、この時期(70年代末~80年代半ば)の講談社文庫の海外ミステリ路線には翻訳がアレなものが多いのだが、本作はおそらくは渋い感じの原文であろうに、日本語として読みやすい上にすごく丁寧で感銘した。特に本文の中で<原書の時点から作者の誤記らしい、登場人物の間違った名前の記述が出てくるが、あえてそのままにしておく>旨の割註があり、この誠実で透明な仕事ぶりにはマジで感動した。 前述のように巻末の解説(訳者あとがき)も実に精緻で、webで検索すると訳者の人は実作の創作も為した方らしい。 本作はとても良い翻訳者を得たと思う。 |