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ミステリの祭典

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元首の謀叛

作家 中村正䡄
出版日1980年07月
平均点9.00点
書評数1人

No.1 9点
(2019/07/12 04:08登録)
 第二次大戦の結果、東西に分かたれたドイツ。その北部、リューベック近郊の湖に面するラーツェブルクの東西境界線付近で深夜、爆発事故が起こり、東独側監視塔が吹き飛び十名以上の兵員が死傷した。だが東側は不気味な沈黙を守り続ける。しかも彼らは間断なくヘリを飛ばし、重要人物を探しているようなのだ。西側が突き止めたその人物の名は、東ドイツ軍将校ハンス・ヨアヒム・ヒルシュマイア技術中尉。二十代そこそこの青年だった。
 ハンブルクの合衆国領事館付武官、レスことレスター・ウィリス海兵隊中佐はこの事件に接し、西ドイツ基本法(憲法)擁護庁北部方面次長クルト・クリスチァンゼンと共に仔細な検討を加える。彼らは音響・震動監視装置を分析し、東側が秘密裏に国境付近に埋設していた地雷の撤去作業を行っていたことを突き止める。数ヶ月前に配置したばかりの地雷源を、なぜ内密に今、取り除く必要があるのか?
 大量の工作員の侵入や、北海・バルト海近辺に蠢くソ連空母〈キエフ〉の不可解な行動、加えてワルシャワ条約機構軍の不気味な動き。必死に思考を巡らすレスの脳裏に、ある発想が思い浮かぶ。「まさか」。
 最悪の予想を打ち消し、爆発事件の関係者を聴取したクルトの録音テープに聞き入るレスだったが、監視塔を銃撃したハンブルク大生の名前に彼は己の耳を疑う。その学生の名もまた、ハンス・ヨアヒム・ヒルシュマイアといった――
 1980年発表の第84回下半期直木賞受賞作。「フォーサイスを凌ぐ」と評された作品。
 これは・・・素晴らしい。おそらく日本最高峰クラスのポリティカル・フィクション。作者の中村氏は日本航空の調達部長で、「炎熱商人」の深田祐介氏の同僚。もともとは三千枚の超大作でしたが、出版社の要請で千二百枚に削ったそうです。深田さんの話では「あの三千枚のほうがおもしろかった」とか。該博な知識・冷徹かつマクロな視点・加えて格調の高さ。国際政治を描いた作品としては、内外含めて現在でもほぼ頂点に位置します。
 ユーラシア大陸東端、中ソ国境付近から黒海・北海・バルト海、中欧までも視野に収め、アメリカを筆頭とする西側諸国の動きを封じ、労せずして西独を共産圏に組み込もうと目論むソ連の完璧な計画〈オペラシオン・ダモイ〉。
 一方その上を行き、この機に極力血を流さずドイツ統一を成し遂げようとする東ドイツ書記長エーリッヒ・ホーネッカー。東独軍の攻勢に、タイムリミットまでひたすら耐え続ける西ドイツ首相ヘルムート・シュミット。そして祖国の運命を握るホーネッカーの親書をシュミットに手渡さんとするヒルシュマイア中尉。果たして東西ドイツの命運を賭けた「十時間戦争」は成功するのか?
 ベルリンの壁崩壊に約10年先駆け、実在人物を織り交ぜながら架空のドイツ統一を綿密にシミュレートしてのけた作品。発表年代を考えれば破格の国産小説といっていいでしょう。

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