地軸変更計画 大砲クラブシリーズ/別題『地球から月へ 月を回って 上も下もなく』 |
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作家 | ジュール・ヴェルヌ |
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出版日 | 1996年05月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | Tetchy | |
(2019/07/04 23:49登録) なんという奇妙なタイトルだろう。 地軸変更計画。 今までアフリカや世界一周といった未開の地への冒険、地底や海底に世界の空、はたまた月世界へと舞台を広げていったヴェルヌの創造力はとうとう地球そのものへまで発展した。 彼が今回選んだテーマは北極。 本書発表当時まだ人類は北極点まで達していなかった。これが現実となるのは本書発表の1889年から37年後の1926年にアメリカのリチャード・バードの飛行機による往復飛行まで待つことになる(因みにが徒歩による北極点到達は1969年のイギリスの探検家ウォリー・ハーバートによってようやくなされる。なんと80年後だ)。 しかし今回の話はいつものように前人未到の地に行くと云う単純なものではない。今度はその地そのものを動かす。いや正確には地球そのものを動かそうと云う話だ。 傾いた地軸を変更し、北極を極寒の地から温暖な地へと変えることで行きやすくし、北極の地を手中にするという実に壮大なトンデモ科学系小説なのである。 さて本書で登場するのはあの『月世界旅行』、『月世界へ行く』に登場した、大きな大砲で月世界到達を目指したインペイ・バービケインを会長に掲げる大砲クラブの面々である。 なんと3度目の登場である。よほどヴェルヌはこの陽気で破天荒な一行がお気に召したらしい。 そんな彼らが何かをしでかすのはやはり大砲。 今回計画した地球の地軸を変更するのも巨大の大砲を地球に対して水平に発射し、その反動で地球を動かそうというもの。作中でも語られているがいわゆるビリヤードで球を曲げる時に表面をかすめるように打つのと同じような方法を用いるのである。 そしてこの発表に世界は騒然となる。地軸の傾きを変更することで海の水位が変化し、高低差は最大で8,415メートル変化すると予想され、つまり海抜3,000メートル未満の地域が水没すると推定されている。 こういうディテールがきちんと書かれるのがヴェルヌ作品の面白さだ。 それよりも私は地軸の変化による異常気象の発生の方が大いに気になる。つまり太陽との距離が近くなることで地表に覆われていた氷が解け、それが逆に地球全体を冷気が覆うことになり、逆に世界の大半が氷の世界に覆われることになることのではないか。映画『デイ・アフター・トゥモロー』の世界である。 物語の最終局面で明らかになる彼らのこの途轍もない大砲の正体はなかなか面白いものである。 さて物語の冒頭のメインである北極の地を競売にかけるのに参加する国々の代表者の面々もお国柄を色濃く反映していて面白い。 オランダ代表のジャック・ヤンセン、デンマーク代表のエリック・バルデナック、スウェーデン=ノルウェー代表のヤン・ハラルド、ロシア代表ボリス・カルコフ、最後のイギリス代表ドネラン少佐たちは、一度は得体のしれないアメリカ相手に5ヶ国共同戦線を張ろうと企むがそれぞれの国のプライドが邪魔をしてご破算となる辺りも当時の欧米情勢が反映されていて面白い。 しかしなぜここにヴェルヌの母国フランスが入っていないのだろうか。一応作中ではこのような北極を売り買いするような計画に携わることを良しとせずに事態としたとある。いわゆる“クールでない”ことに興味を示さないというフランス人気質を著したのかもしれない。 そしてやはり特徴的なのはいきなり北極の所有権を競売にかけると提案したアメリカの独善性である。 まさにこれこそが当時の各国のパワーバランスを示しているように思える。かつて世界中に植民地を持っていたヨーロッパ諸国もアメリカという巨大な新興国の勢いに押され、世界での地位が衰退しつつあることが本書で窺える。つまりこの国の勢いそのものをヴェルヌは北極実用化協会こと大砲クラブに託したのではないか。 後に宇宙開発にいち早く乗り出すのがソ連とアメリカだった。ヴェルヌは勢いのあるアメリカがいつかは自分が描いた宇宙へ乗り出すことを期待していたのではないだろうか。 つまりこの大砲クラブは即ちヴェルヌが想像した将来のNASAの姿であり、大砲を宇宙と置き換えて考えれば、失敗しても挫けずに挑戦するアメリカへのエールではないか。 しかし一方で最後に登場していいところをかっさらうのがフランス人の数学者アルシッド・ピエルドゥーであるところにヴェルヌのフランス人としての自負が感じられるのである。まだまだ若造アメリカには負けんわいとでも云っているかのように。 まあ、そういう意味では本書はフランス人特有のエスプリに満ちた作品と云えるかもしれない。 私には片目をつぶって舌を出しているヴェルヌのお茶目な顔が見えたような気がした。 |