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ミステリの祭典

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マンチュリアン・リポート

作家 浅田次郎
出版日2010年09月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 小原庄助
(2019/07/01 11:20登録)
李鴻章に袁世凱、張作霖に宋教仁。若い頃は、名前を聞くだけで混乱した。学校でも、その時代を詳しく教えられることは無かった。それが今や、彼らの風体から性格、しゃべり方にまで想像を巡らせ、気軽な字(日常で呼び合う名前)で読んでしまうほど入れ込んだのは、浅田次郎氏の作品に出会ったからだ。この作品は特にお気に入りの一冊である。
「蒼穹の昴」シリーズの第4部で、昭和天皇の蜜命を帯びて満州にわたる若き軍人を主人公に、張作霖爆殺事件の「真相」に迫るミステリ。歴史に向き合う謙虚さは保ちつつ、意表をつく展開で読者を引き込む本書は、前後作を読んでいない人でも十分に楽しめる。
清王朝の廃退と革命の躍進、それにつけ入ろうと蠢く関東軍の謀略を背景に、馬賊たちの荒々しくも純朴な人間模様が絡み合う。
爆殺現場へと近づく一駅一駅に人間ドラマが展開し、間もなく爆破される運命にある機関車までが”独白”をしてみせる。人格を持つ鉄の塊が語り合う相手は、日本の戦国武将を思わせる張作霖その人だ。濃密な密室劇は緊迫感に満ちていて、思わず落涙させられてしまうほど。
史実の読み解きを巡っては、昨今、中国や韓国と論争が絶えず、不都合な歴史を書きかえようとする動きも目立つ。歴史を語るには息苦しさがつきまとい、負の歴史が表舞台から消えるのも早い。
だが浅田ワールドは世知辛い現実をやすやすと乗り越え、思うさま歴史の旅を満喫させてくれる。「相手」の歴史や文化をよく知ることの大切さも教えてくれる。他の国の人々を安易に侮辱する風潮には歴史認識の欠如が根底にある。その隙間を埋めてくれる。
歴史書や当時の地図をひもといて事実確認をしないことにはどうにも落ち着かない。それもまた、楽しからずや。

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