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ミステリの祭典

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北人伝説

作家 マイクル・クライトン
出版日1980年09月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点
(2019/07/30 23:05登録)
西紀九二一年、バグダッドのカリフの命によりサカリバ王国ブルガール(モスクワから東方約六百マイル、ボルガ河岸にあったもう一つのブルガリア)への使節として派遣されたヤクート・イブン・ファドランは、旅の途中でボルガの河沿いに野営していた“北人(スカンジナビアのヴァイキング)”たちと邂逅する。使節団一行は彼らの大祝宴に招待されるが、先代族長の死後、主人役を務める次代の族長候補ブリウィフの元に高貴な若者を乗せた一艘の小舟が到着した。
 “北”の王ロスガールの息子ウルフガール。彼は言語に絶する恐怖に苦しめられている自分たちの王国を救うため、同族であるブリウィフの助力を求めに来たのだ。黒い霧と共に訪れ、夜のやみに隠れて人間を殺害し肉を喰らう悪鬼「ウェンドル」。容易ならぬ依頼に、ブリウィフは“死の使い”といわれている部族付きの老婆に吉凶を占わせる。彼女は骨占いの後、ファドランを指さして何かいうと、広間を去った。
 「ブリウィフの一行は十三人でなければならない。そしてその中の一人は“北人”でないものでなければならない、そしてその十三人目はあなたとすべきである」と。
 かくてアラブ人イブン・ファドランは否応無くブリウィフに率いられ、“北”の脅威を撃退する勇士の一人として、他の十一人の戦士たちと共にベンデンのロスガール王国へと旅立つが・・・
 十世紀初頭に実在したアッバース朝使節、イブン・ファドラーンの著作「ヴォルガ・ブルガール旅行記」にフィクション部分を巧みに組み込み、血沸き肉踊る伝奇冒険物語に仕立てた作品。北欧・東欧・ロシア近辺の厚みのある文化・気候・風俗要素その他に説話伝説を混ぜ込んで、生々しい殺戮・戦闘描写がありながら、清々しささえ漂わせる英雄叙事詩として完成させています。
 単なる一般人であった主人公ファドランが嫌々ブリウィフに連れられロスガールに赴き、けして死体を残さない毛むくじゃらの〈霧の怪物〉の襲撃を受け、いくたびも戦ううちに次第にヴァイキングたちに感化され、仲間を救い彼らの価値観にも親しむようになり、やがて真の友として迎え入れられるという、一種のビルドゥングス・ロマン。索引を含めても250Pに満たない作品ですが、おぞましい死者常食族「ウェンドル」が登場してからは戦闘に次ぐ戦闘で、息も熄かせません。ただそこに辿り着くまでの旅行部分が結構長いのが、難といえば難。
 メタフィクション的な構成にも一種の仕掛けがあり、最後に〈追記〉として記された「ウェンドル」の正体に関する考察は意外性十分。なぜか典拠にクトゥルー神話の源泉『ネクロノミコン』を持ってくるなど、茶目っ気もタップリ。まあそれは余禄として、読み応えのある本編だけでも十分満足させられます。

 「おれは何も恐れない。慰めの言葉もいらない。いいか、おまえは自分の身の安全を考えろ、自分のために」

 1976年発表の、「大列車強盗」に続くクライトン7番目の長編小説。原題 "EATERS OF THE DEAD(死者を喰らう者たち)"。なおハヤカワ文庫NV版の解説は、「元首の謀叛」で直木賞を受賞した中村正䡄氏。国際派ならではの鋭い考察が光ります。

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